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教師とブラック部活②~肥満学校のスリム化~♪「SHO-NEN」安部恭弘

投稿日:2017年5月24日 更新日:

前回、「教師とブラック部活①」で部活顧問の実態を述べましたが、現状のままでは生徒、教師ともに不幸に落ちるのは避けられません。なぜ、これほどまでに学校は自らさまざまな役目を抱え込み、肥大化してしまったのでしょうか?このままでは、まるまると肥えた学校に教師が飲み込まれ、その被害は生徒にも伝播していくのです!前回より一歩踏み込んで、部活動問題について何が問題であって、学校はどう変わっていくべきなのか考えてみました。

部活動の弊害 

部活動の是非をここで問ういているのではありません。部活動という、学校の教育活動に位置付けられているにもかかわらず、学校で広く日々行われている部活動の教育的意義は当然認めます。部活動でしかみせない生徒のキラリ!とした表情。そして部活でしかできない指導もそこにはあるでしょう。ここで問題にしているのは、半ば強制的に、そしてまったく公平性を欠き、その道の専門家でもない教員が部活動顧問となっている現実なのです。

教師の専門性、本来教師でなくてはできない仕事とは何でしょうか?それはズバリ「授業」と「生徒指導」でしょう。教員のすべてが、授業、生徒指導、学級経営、学年経営、各種事務、父兄対応、部活等そのすべての仕事をオールマイティーに完璧に遂行できるのであれば何ら問題はありません。しかし、ほとんどの教員はこうはいきません。つまり、優先順位を付け、何らかの仕事を犠牲にしているのです。

部活動は、いわば教員の善意で成り立っている性質のものといえるでしょう。慣習的にその役目を引き受けてきた学校は、あまりにも肥大化し、身動きが取れなくなり自滅寸前であるというのに何ら手を打とうとしないのはなぜでしょうか?
現在、一番危機感を抱き、自分と生徒、学校そして家庭をも巻き込んで悩み苦しんでいるのは教師です。生徒と向き合う時間がない、授業の準備に十分な時間が取れない!という悲しい現実が一番の問題なのです。

 

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学問のすばらしさを伝えられない学校

部活動で放課後、休日のすべてをごっそりと削り取られたそのツケは授業、生徒にいきます。十分な準備も出来ずに臨んだ授業は自分で教壇に立っていても、そのつまらなさ、ノリの悪さが分かります。学校の柱を成すのは何と言っても「授業」であると思うのです。

教師は生徒に自己の専門の教科の魅力、面白さを語らなければなりません

そのためには、十二分の時間と準備が必要!授業が生徒に伝われば生徒は教師を信頼できるし、授業こそが生徒指導の要ではありませんか。教師はただその授業のクラスに行き、授業終了までクラスにいた~という事実さえあれば、授業が成立しようが、つまらなかろうが、基本的に誰も咎めないし、そもそもそういった評価システム自体、これまでは存在しませんでした。

しかし、生徒はしっかりと教師を評価し値踏みしているのです。教師が部活で授業の準備ができなかったので~なんて言い訳は生徒にはまったく関係のないこと。学校がその柱たる「授業」をおろそかにし(決しておろそかになどしていない~というのは建前であって、結果としてそうなってしまっているのです。)、このままの道を進んでいくのであれば益々、学校は自らの首を絞めることになっていくことでしょう。

学校が生徒の学力を担保できずに、生徒が塾に通うのはなぜでしょうか?

塾講師の経験も長い私からしますと、概ね塾業界には教えること、生徒の学力を上げることに長けたプロが多いのです。なぜなら、彼らは競争の世界で生きているプロだからです。自己の受け持った生徒の学力向上のみが、その講師評価の指標となります。父兄も含めた信頼も、成績向上が前提ではじめて成り立ちます。

学校教師は教えるプロであったはずなのに、今や確実に塾業界に教えのプロは流れているのです。私の学生時代のある友人は、とにかく歴史が大好きで、源氏物語の研究に学生時代のすべてを注ぎ、その世界の魅力を熱く何時間も語る専門家でした。

国語教育で地元に奉職希望だったのですが、今では予備校で古文の講師をしています。彼は両親が教師であったので、学校に求められるのは教科の専門性ではなく、トータルバランスであるということに一早く気付いたのです。こういった優秀な人材の流失は痛いです。学校が学校でなくなってしまうのではないでしょうか。

 

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教師が本来の専門性を取り戻す日

~は来るのでしょうか?最近になってやっと、学校のブラック問題教員の部活動負担問題が議論されるようになってきましたが、もう少し時間がかかるでしょう。なぜなら、学校は慣習といいますか「従前通り」が大好きですから。それでもこういった動きが出てきていることは、生徒、教師、学校、社会にとっても望ましいことではないでしょうか。そこで、批判覚悟で思い切った提案をしてみます。

①部活動顧問は希望制とし、基本的に競技経験者とする。

ただし、教員の負担をできるだけ公平にすべく、校務分掌は考慮されます。学校全体で校務分掌のルールづくりから始めなくてはいけなくなります。

②欠員は外部の専門家に委託する。

民間スクール、専門家、地域の競技者の力を大いに活用すべきです。外部の血を入れ替えることは大いに学校の活性化となり開かれた学校への道筋となるでしょう。

③部活動を総合的に統括する専門セクションを創設する。

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部活動顧問をされた方ならおわかりであると思いますが、部活動に係る事務作業(各種大会参加手続き、諸納付金手続き、父兄向け文書作成等)がなかなかのボリュームとなって教員の肩にズッシリとのしかかってくるのです。負担を少しでも軽減するために部活動に係る事務を一気に引き受けるセクションがあれば現場はどんなに助かることでしょうか!本来であれば諸外国のように教師に係る事務作業をすべて処理する事務部門があるのが望ましいのですが、そこまではいきなりは望めないでしょうから。

このセクションは単に部活動に係る事務一切を引き受けるのみならず、教師の部活動勤務状況把握もこなさなくてはならないのです。なぜなら、たいていの学校では放課後、土日休日の部活動状況を管理職が管理していないからです。
私が十年以上部活顧問をしていた時、管理職が土日の部活を見に来てくれたことなど一度もありませんでした。これは大きな問題です。問題を問題と思っていないことが大問題だと思うのです。

 

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絵に描いた餅で終わらせないために

適材適所ということばがあるように、要はやりたい人にやらせればいいのです。考えてみてください。まったくその競技の未経験者でヤル気まったくなし、部活にまったく顔も出さず平日の引率教員だけホイホイと喜んで引き受ける。こんな教員をたくさんこれまで見てきました。一番の被害者は生徒ですが、こういった教員も見方を変えれば、被害者なのです。半強制的に校務分掌でその役割を割り振られているのですから。
繰り返しになりますが、これからの時代、学校はもっとスリムになり各セクションでその専門性を高めていかなくてはならないと思うのです。そのためには現況のなんでも屋教員スタイルから脱却しなくてはいけないと思います。

実際、大阪府ではいじめ、不登校等が多い学校に「生徒指導専門」の教師を配置し、その教師の授業は講師等で負担し、着実にその成果を上げているといいます。このように「従前どおり」ではなく、よかれと思ったことには積極的にチャレンジしていかなくてはこれからの時代、学校は学校としての役目を果たせなくなるでしょう。

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そして、結論!

 餅は餅屋!

「変わろう!」とすれば変われる!

「変わろう!」としないだけだ!

「SHO-NEN」 詞 高柳恋 曲・歌 安部恭弘

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