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学校での担任、教科担任の出欠確認の重要性~保育園バス熱中症死事件から学ぶこと~

毎朝のSHRや授業ごとの出欠確認・・・忙しさにかまけて「今日はみんな来てるだろうから、始めるぞ!」とか、特に授業の時なんか出欠確認せず、前時限と同じようにチェックしたりしてたら大変なことになるかも・・・

小学校と違って、中学校高校は教科ごとに教師が入れ替わり、それに伴い生徒の出入りもけっこう複雑だったりする。始業時刻前まできちんと登校して、帰りのSHRまできっちりみんな全員いて当たり前の進学校などでは無縁かもしれないが、いわゆる指導困難校などでは、「無断登校」(遅刻の手続きもせず、いつの間にかなぜか勝手に授業に出てる)や「無断早退」の問題は実に深刻である。

時は流れに流れて、現在では家庭と学校をつなぐシステムが特に小中学校で浸透し始めているようである。出欠管理は言うに及ばず、学習支援、提出物、配布物、さらには部活動顧問と家庭を結ぶ機能もある機能も付加されているものも登場している高機能ぶり。

しかしそうは言ってもまだまだ、アナログでの出欠確認、点呼は健在なはず。今回福岡県中間市で起きてしまった痛ましすぎる「事件」(あえて「事件」としなければならない。なぜなら、この事件は基本を徹底しさえすれば容易に防ぐことができたものであり、致し方なかった「事故」では完全にないから。)は、私たちにさまざまな問題点を投げかけていないだろうか?

そこで今回は、私のこれまでの経験の中で出欠にまつわるヒヤリハット2~3を交えながら、教師の出欠確認の重要性を考えていきたい。








痛恨のミスが重なった結果・・・
事件の状況詳細

状 況 確 認

① 福岡県中間(なかま)市 私立双葉保育園の40歳代じかいの園長みずから運転する園のバスにて、7月29日朝、倉掛冬生(くらかけとうま)ちゃん(5歳)を含む園児7人(うち4人は一歳児)を迎えに行き、園には朝8:30ころに到着。

② 園長は車内に園児が取り残されているかどうかの確認を怠り(泣いている園児の対応に追われていたとのちに証言)、全員降りたと思いバスを施錠。

③ 園長も、誘導する職員も園児の降車確認を怠る

④ 冬生ちゃんの担任は、冬生ちゃんがいないのには気づいていたが、園長に家庭から直接連絡がいっているものと(勝手に)思い込み、その確認を怠る。(日常的に園では出欠確認をせず、保護者への連絡もなされていないことがわかる)

⑤ 同日夕刻、帰りの送迎バスに冬生ちゃんが乗っていないことに気づいた母親らが、午後5:15 同園敷地内にに駐車してあったバスの前方付近で倒れている冬生ちゃんを発見。(発見当時は意識不明であって、病院で死亡が確認されたとの報道であったが、その後の司法解剖の結果、死亡推定時刻は午後の1時ころとわかる。脱水症状を伴う熱中症死。)

その後、開かれた保護者説明会でも同園は、いつもは出欠確認をしていたが、当日のみなされていなかった、いつもは二人体制でのバス送迎であったが、この日だけ一人乗車であったと虚偽の説明をしていたことが判明。園長自らのワンオペドライブは一年半ほど前から常態化していた模様・・・

市などによると、双葉保育園では園児の欠席連絡が保護者からあった場合は、事務員らが事務室のホワイトボードに欠席者の名前を書く仕組みだった。欠席連絡がなくバスの送迎中に欠席が判明した場合も、園長や保育士で作る連絡網で情報を共有し、欠席が分かった順にボードに書いていく手順だった。

しかし、担任は、登園してきた園児の中に冬生ちゃんがいなかったため欠席と勝手に認識。その後、ホワイトボードに冬生ちゃんの名前がなく欠席の連絡も入っていないことを把握しながらも、園長や事務員らに「登園してきていない」と確認しなかったという。

なぜ、冬生ちゃんは亡くなってしまったのか?

不幸な事件を嘆いても、当事者を非難しても何をしても冬生ちゃんはかえっては来ない。私を含めた部外者が無責任にも当事者を非難するのは容易い。しかし、そこからは何も生まれないと思う。毎回毎回繰り返されるこの種の事件・・・繰り返されるのは、そこから何も「学ばないから」である。あくまでも「他人事」ととらえ、自分自身に引き寄せて考えることをしないからである。

今回は不幸なミスがあまりにも重なった~と綴ったが状況が判明にするに連れ、「起こるべくして起こった事件」であることが分かった。なぜなら、この双葉保育園の安全管理体制のずさんさは昨日今日に始まったものでは決してなく、こういったなあなあのプロ意識のなさが常態化していたからである。

今回の事件では、いちばん最初の園長の降車確認ミスがあったとは言え、その後いくらでも冬生ちゃんが生きて帰れるチャンスはあったのである。生死を分けたポイントを見ていきたい。




①つ目のチャンス 

園長、園児降車時、バス車内確認(降ろし忘れ確認、声掛け等)があれば・・・

②つ目のチャンス

冬生ちゃんを除く6名の園児が降車した段階で、職員誘導があれば・・・

③つ目のチャンス

冬生ちゃんの担任が彼がいないのに気付いてから、すぐに園長に確認すれば・・・(園長は冬生ちゃんが乗車したことは、もちろん認識していたのであるから「いない」との報告を受ければ、事の重大さに気づくはず)

園長は担任から「欠席連絡」がなかったので登園しているものと認識したとのこと。「担任が連絡してくれれば・・・」と話したというが、自分がバスに乗せたうえ、閉じ込めておいて「それはないだろう?!?!」と誰もが思うはず。

④つ目のチャンス

上のタイミングと重なるが、担任が家庭に連絡を入れてさえいれば・・・(本人が欠席であると、はっきりとはわからない状況で直接保護者に確認しないで担任は不安ではないのであろうか?この感覚が私は全くをもって理解できない)

⑤つ目のチャンス

園長が園に戻ってからの「9時間」まったく冬生ちゃんの不在に気づけなかったのだろうか?せめて亡くなる前までの午前中、彼女が気づけば助かったかもしれないのである。

バス職員複数乗車体制など、もっと、こうしていたら~といったことはもっともっと多分あることと思う。しかし、上のタイミングの要所要所で基本が徹底されていれば、冬生ちゃんは死なずすんだのである。職員数が絶対的に足らない、忙しすぎる・・・などは言い訳にすらならない。なぜなら、人命以上に優先せるべきものなど何もないはずだから。

警察は現在、業務上過失致死を視野に入れて今回の事件を捜査している。対象は当事者の四十代未婚の園長、バスを出迎えて車内の忘れ物を点検する係りであった職員、被害児童の担任の合計三名とのことである。

出欠確認、点呼時のヒヤリとハット

中高生ともなれば、降車確認忘れ事故などないように思われるが、さすがにここまでいかないにしても、さまざまな危険、問題をはらんでいるケースにも時には遭遇したりする。いくら注意喚起を怠っていなかったとしても・・・

それが学校事故、学校事件になる、ならないの境目は、やはり普段からの教師の意識の持ちようにかかっているのではないだろうか?自戒の念を新たにしたい。

私が実際に経験、見聞きした出欠確認、点呼のヒヤリハット

① 修学旅行バス移動(学年副担任の立場で引率)

人数はあっていたが、男子生徒一名が他のクラスとトレードしていたケース

担任、私ともども人数チェックに終始したため、他クラス男子生徒が混じり、当該クラスの男子生徒がいないことを見逃してしまった完全なミス。人数があっていれば、それでよし・・・とした発想がそもそもたいへん危険であった。

② 勝手に有職少年がクラスに混じっていたケース(私のクラス)

朝のSHR時、出欠を取る前にクラス全体を見回すことが習慣になっていたが、この日はクラスの雰囲気が何か落ち着かないというか浮ついた感じがしていた。そこでじっくり見まわしてみると見慣れないというか、まったく見知らぬ少年がクラスに混じっているではないか・・・

いったん少年をクラスから連れ出し、別室で少年に事情を聴くと、高校には行きたかったが家庭の事情で断念した。高校の雰囲気を味わいたく中学時代の友人に頼み込んできょうが約束した日だったとのこと。このまま有職少年を帰すにはしのびなかったので、担任に知らせず有職少年を校内に招き入れたわがクラスの生徒の指導は後回しにし、管理職に見学させてもいいものかどうかの相談をした。

結果、家庭の了承を取ればOK!とのまさかの判断が出たため、晴れて少年は一日、学校生活を体験することができたケース(出席簿にはこの少年の顛末を記した紙をはさみ、教科担任の協力を仰いだ)普段の管理職とは違って鷹揚でほんとうにビックリ!まさか許可になるとは思ってもなかったので、けっこううれしかった記憶がある。

本当は管理職に話した後、即刻帰すつもりであったのだが、本人の見学させてくれ~という真剣な気迫とクラスの数人の生徒の懇願(中学時代の友人)に根負けしたのだった。クラス、学校の生徒の安全を守らなければならない担任の立場からすると、安易では?という意見もあろうが、このケース時、本人と自分のクラスの生徒たちを私は信じたかったのである。

これが正解であったかどうかは何とも言い難い。逆にこれがとんでもない結果を招くことも十分にありうると思う。しかし、よく管理職がGOサインを出したものだ・・・

後々きっちりと、この少年の友人であったわがクラス生徒の指導があったことは言うまでもない。




③ 他校生との合同の野外学習(他校の担任)での行方不明のケース

トレッキングコースを全体でまわった後の点呼を担任が取らなかったため、女子生徒一人を山間に置き去りにしてしまったことに気づかず、引率教師全員で探し回り事なきを得たケース

④ 修学旅行男女部屋、移動違反のケース(同じ学年の担任)

これまた各部屋ごとの人数チェックは行っていたが、この部屋のみ点呼時すでに消灯していた。したがって、担任が灯りをつけずに人数確認だけしていたため、女子の部屋に男子が紛れ込んでいたことに気づけなかった。(深夜、大きな物音に気付いた他のクラス担任が女子部屋の男子生徒を発見し、発覚したケース)

⑤ バイク生徒(同じ学年の担任)学校中抜け指導ケース

地域住民より、ノーヘルバイクを運転する当該生徒を見た(名指しで)・・・という匿名通報が学校に入る。しかし朝のルームから遅刻もせずずっと学校にいることになっていた。出席簿を確認しても、各教科担任の欠席チェックもなし・・・

???であったが、その後のクラス生徒の証言、本人の言によると、中抜けして用事を済ませちゃっかり何食わぬ顔で学校に戻ってきたとのこと。バイクは週に何度かは近くのスーパーに停めていたことも判明

複数の教科担任が出欠確認を怠ったことが問題となったケース。本人の無断免許取得&運転以上に、担任、教科担任の日頃からの出欠確認のルーズさが問題となったケース

生徒の心身状態の確認

上の数例の出欠、点呼時トラブルから学ぶことは、慣れ、緊張感の低下のおそろしさである。

「どうせ、いるだろう」

「いつもとおんなじだ」

「まさか、いなくなることはないだろう」

「どうせ、大した問題でなないだろう」

こんな一瞬の気のゆるみが、とんでもないことになってしまうことを私たちはもっと知るべきだ。

学校では、出欠確認、点呼、人数確認の都度、こどもたちの状態(心身ともに)をチェックしている。つまり、これらの確認作業は人数を確かめるだけではなく、子供たちのその時の状況を把握する大事な役割を果たしているのである。

表情、しぐさ、話し方、声音(こわね)、雰囲気・・・これらの情報を総動員して、日々移ろいゆく子供たちの情報を更新し続けなければならないのだから、教師もたいへんである。



学校での出欠確認、点呼時
ルーティンの再確認

とはいえ、日々の洪水のように雪崩打つ仕事を前に、その都度その都度十分な余裕をもってことに臨めるとは限らない。

今回の冬生ちゃん事件でも、朝の混乱時を発端として重篤なミスが重なった。しかし、繰り返しになるが基本の基本さえ徹底していれば、起こるはずもない事件であったのである。そして冬生ちゃんは、いまでも生きていたのである

それでは、とにかく目まぐるしい一日を日々繰り返している学校教師はいったいぜんたいどう子供たちと接していけばいいのだろうか?

やはり初心を思い起こし、基本に立ち返るべきであろう。

これでほんとうに大丈夫だろうか?

と自らの言動を再確認するその姿勢こそが事故を未然に防いでくれるはずだ。そして、もう一度クラス、教科担当クラスのシステム、運営の仕方を振り返るべきであろう。

★ 欠席、早退時の担任連絡の方法は?確認方法は?家庭とのやり取りは?

★ クラスメイトの所在を常に把握する役割はルーム長?日直?それとも双方?そして最終確認は?

★ 朝晩のSHR、担当教科での出欠確認のやり方は?いないもののチェックだけに終始していないか?

★ 生徒情報の学校教職員、および家庭との共有の方法は?

ジェットコースターに乗っているかのような目まぐるしい日々の業務に加えて、こういった生徒の所在、状況確認を絶えず教師は求められている。

あらためて言うまでもないが、やはり常日頃からのクラス運営、日々の授業を大切にし、そして教職員、家庭との連携を深めていくしか方法はない。何事もそうであるように、ことが起きてしまってから善後策にあたふたするのではなく、そういったことが起きないよう、日頃からの多岐にわたる人間関係のメンテナンスが大切なのではないだろうか?











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