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教師の働き方改革~時間を生みだし、幸せになるためのアイディアとテクニック~同調圧力に負けない時短術

今回いただいた相談も実に深刻です。

「教師になって早10年。自分でも人並みの能力はあると思っていましたが、最近その自信も完全になくなりました。学年主任をはじめて任されたプレッシャーもありますが、何をやってもうまくいかないのです。睡眠時間を極端に削っているせいか、ちょっとしたミスも多く、最近では同僚、生徒との関係もギスギスしたものになっています。とにかく毎日毎日やることがありすぎで時間に殺されそうです。ほとんど寝るだけに帰ってる家でも、妻や娘たちとささいな事で口喧嘩になり、家にもあまり帰りたくありません。私はどうかしてしまったのでしょうか? 最近では辞めることばかり考えています。先生の経験から何でもかまいませんのでアドバイスをお願いいたします。」原文ママ、一部抜粋







学年主任はじめてやることになった先生の憂鬱
昔の私にうり二つ
私の回答と考え

昔の私を見ているようでなんとも言えない気分になりました。「あの時の自分と同じだ。あの時にもう一度戻れたら・・・」なんてノスタルジックで切ないのでしょう。

ほんとうに昔の私を見ているようです。なぜなら、私が辞めた時の境遇とそっくりだから・・・ほんとに瓜二つ。ついに来たか!って感じです。

私が学校を辞めたわけは、「辞めたシリーズ」で詳しくはなしていますのでここでの深入りは避けますが、ここで私がアドバイスできることはあまりないと思うのです。なぜって、とうとう最後まで自分の働き方を変えることができずに辞めてしまったから。学校が好きすぎて、仕事をやりすぎて身体を壊してしまったから・・・

負け惜しみを言わせてもらうと、私も自分なりの時短術を実践し、無い時間をなんとか捻出し、最短の時間で最大の効果、結果を得られるよう努力してきたつもりでした。しかしです。それでも、仕事は雪崩を打って私に襲い掛かってきて、私を押し殺したのです。

あの時、辞めていなければ、今とはまた違った出会いと別れがあり学びがあったかと思うとなんだかとっても切なくなるのです。しみったれでしょう。辞めてからここまで自力でなんとか這い上がった自分のキャリアを否定も後悔もしませんが私はやっぱり学校が好きなのです。

だから、いまもこうして学校関係のいろいろな人たちとつながっているのかもしれません。

これでは、相談打ち切り~となってしまいますので、

① あの時の自分に戻れたなら、こう絶対する!

② 働き方を変えるための考え方とちょっとしたテクニックの提案

③ 教師がつぶされないための予防策

~とこの3つの視点にしぼって、いっしょに考えていきます。




当時の私の殺人スケジュール
すべてを一人で抱え込んでいた大バカ者
もし、あの時に戻れたなら・・・

学年スタッフ、私も含めて5人のうち、はじめて担任を持つものが2人、そして異動してきて「即」担任になった教員が一人という華々しい構成。おまけに、私同様、「無理矢理担任を押し付けられた~だから、必要最低限のことしか絶対に自分はやらない!」と公言して憚らない吹奏楽顧問も学年に押し付けられて豪華な面々が揃いも揃いました。

初担任のうちの一人は、まともに人の顔を見て話すことができないうえ、生徒を指導することを拒否するような人で、当然彼の授業は荒れに荒れ授業が成立しないばかりか、学校全体での問題になっていたのでした。図体だけ大人の発達障害のような人でした。(語弊があるかもしれませんが、ほんとうにそのような人だったのです。)

前にも話したことですが、私自身、こういった人員構成である上、私の分掌が恐ろしく他と比べて不公平であることから(当時年度末に打診された分掌が、学年主任、教科長、生徒指導副部長、進路指導部、運動部正顧問、創立100周年記念式典実行委員長でした。)何度も学年スタッフになることを拒み続けたのですが、最後は職務命令でやられました。せめて、職掌分掌を減らしてもらうよう交渉も何度も試みましたが、結局このままでした。

おまけに私の教科は「商業」であり、年間を通して検定検定の連続で、こどもたちの検定対策のための時間も放課後確保しなければなりません。当然、教科内での検定事務分担ものしかかってきます。さらに悪いことに、この年が丁度経験者研修「十年研」にぶち当たっていたのでした。

泣きたくもなりますよ。しかし、ここを乗り切れば、これ以上の激務はそうないだろうから「いっちょうやってみるか!」と持ち前の単純さも手伝ってスタートを切ったのでした。しかし眼前にそびえる壁は、ど根性とプラス思考だけでクリアするにはとてつもなく高すぎたのでした。

限られた時間で、これだけの分掌をこなすためにはどうするか?・・・無い知恵振り絞ってそれは考えましたよ。学校の機械警備の鍵を借りて警備員さんよりも早く学校を開け、そして時には午前様にもなり施錠して帰る日々・・・睡眠時間を削りに削り、睡眠3~4時間の毎日も軌道に乗ってきた?ある日、ついに学校で倒れたのです。

これが私が教師を辞めることになったきっかけですが、もし、あの時に戻れたとしたら過ちは繰り返しますまい。




あの時に戻った私が改めること七か条!!

① 睡眠時間 5時間 は絶対、ゼッタイ 何がなんでも死守!

② 生徒長期休暇時にせめて週一は年休を消化する!

平常時は土日を含めて休暇を取れるような状況でも雰囲気でもまったくありませんでしたが、せめて生徒が長期休暇中くらいは週に一回くらいは休みを取るよう改めます。そして、普段できなかった自分の学習、読書、トレーニング、小旅行なんかやってみたいですね、

③ 任せる勇気を持つ!

これだけの分掌以外でも完全にキャパオーバーなのに、さらにどんどん仕事が飛び込んできます。いちばん時間と労力、そして精神がやられるのが突発的な生徒指導案件です。自分のクラスについては、これはそれなりに手を掛けており、予防線がはれたので突出した問題は起こりませんでしたが、問題は学年のクラスでした。

家庭訪問、関係諸機関訪問でどれだけ時間が持って行かれたことでしょう。当時は自分のクラス、教科担当クラスの子どもたちのために自分が動けないことがとにかくもどかしく悔しくつらかったです。私が長く生徒指導畑を歩いてきたこともあり、そのすべてを一手に引き受けていたのでした。

当時私はいい気になって自分に酔っていたのかもしれません。「自分じゃないと指導できない」「自分には指導力がある」「自分だけががんばっている!」などと・・・

若い人、はじめての人を育てる意味でも、見守りつつ彼らがうまく回せるような援助に徹したほうがよかったはずです。当時は全てが独り善がりで、まわりを見渡す余裕がなかったのでした。

④ 断る勇気を持つ!

「飲みニュケーション」という言葉があるように、学校というところは、ほんとうに何かと飲む機会が多い職場ですね。学校全体会、学年、教科、所属部、委員会、部活動顧問同士の大会打ち上げ、果ては気心の知れた同僚からの誘い・・・

学校を離れて、ワイワイガヤガヤもストレス発散になったり、ふだん話すチャンスが無い方たちと話せたり、仕事の情報交換、ヒントを得たり~となにかといいこともたくさんあることも認めます。しかしですね、一週に2回も3回も飲みが続くような状況では、正業に響きます。確実に・・・

現役時代、ただでさえ無い時間なのに、これらのほとんどに付き合っていたのですから褒められたものではないですね。もちろん、スタートからなんて出たためしがなく、大抵2次会3次会のそれも途中からがほとんどでしたが、それでもダメージは計り知れないものがありました。

そうなのです。時間は取り戻せないのです。「この本を読めば、あの本は読めないのだ!」いい顔をしたいがために、大切な何かをたくさん失っていたのでした。



⑤ 一週に一度は「定時」で帰る日を必ず設ける!

教師の仕事に終わりなどあるはずもありません。あまりにも一人で処理しなければならない業務量が膨大過ぎて先が見通せなくなる時もありました。土日含めて休みなし、そのうえ午前様近くの帰宅が毎日・・・となると一日一日がくっついてしまってとてつもなく毎日が長く感じられたものでした。

もちろん私の能力的な面もあったのでしょうが、人並みの事務処理能力は持ち合わせているつもりでしたし、時短、仕事の効率化にもつとめました。しかし、それでも終わらない終えられないのでした。

学校が好きだったはずだったのに、もうこうなってくると惰性でいっつも学校にいるような感じで「学校が家」のような感じだったのです。当時、独身だったこともあり、自分の時間のすべてを学校に捧げていい気になっていましたが、家庭を持った人は家で待っている人がいます。守らなければならない人がいます。私のように、途中で倒れるわけには行かないのです。

家庭人としても充実していることが、学校でもイキイキと働けることにつながるのではないでしょうか?ちっちゃいお子さんがいるお父さんお母さん先生なら、たまには定時で家に帰って、みんなで食卓を囲み、それぞれ学校であった出来事なんかを話し合えたらどんないいいことでしょう。

こうしてできたこころの余裕はきっといいほうに動くような気がします。学校に遅くまで残っていることが「善」、定時で帰るのは「悪」みたいな不文律が職員室にはまだまだ残っているのかもしれませんが、私がもう一度あの頃に戻れるなら一週に一度くらいは「定時」で帰ることに決めます。

部活も父兄、子どもたちにきちんと説明し、この日だけは引率顧問(ふだん練習にはぜったい顔を見せない顧問も、授業日の大会引率だけは引き受ける不思議な人のことをこう呼んでいました)に任せちゃいますね。そして、毎日毎日、持ち帰り残業もやっていましたが、一切合切、仕事は持ち帰らないと決めます。

この日のために、事前に仕事を終わらせるようきっと努めると思うのです。若い人たちは、「管理職、先輩教師、同僚が残っているのに自分だけ先に帰るのはなんだか気が引ける・・・」などと思うかもしれません。たしかにそのような同調圧力のような力学が働いているかもしれませんが、他人が思っていることなどこちらには到底分からないことですし、考えたらきりがありません。職員室に残っているのが「いい教師」であるとは必ずしも限らないのです。

勇気がいるのは、はじめだけかもしれませんよ。水曜日には「定時」であがる日と決めたなら、それを例外なく繰り返す。そうしたら、まわりも「ああ今日は水曜日だね、早く帰らなくていいの?」なんて、それでも遅く残っているあなたにアシストしてくれるようになるかもしれません。

みなさんもご存知の松下幸之助さんという人が言っています。「人より一時間長く働くことは尊い。努力である。勤勉である。しかし、いままでより一時間少なく働いて、今まで以上の成果を上げることもまた尊い。そこに人間の働き方の進歩があるのではないだろうか?」

まさしくこれです。松下さんはすべてを見通していました。いまで言う「働き方改革」「時短」につながっているのですから。ダラダラ仕事、一息入れるはずが長時間のなごみ~なんてなっていないでしょうか?限られた時間で最大の果実、成果を生みだすような働き方がいまこそ求められているのですね。

⑥ がまんせずに医者にかかることにする!

私が在職していた十数年間でお医者に診てもらったのは、高熱が一週間も続き、どうしても下がらなかった時と歯が痛すぎて顔がゆがんでしまった時の二度だけでした。年一回の学校での検診は強制でしたので、これだけは受けてはいましたが、ちょっとの風邪や頭痛などはいつも保健室の先生にお世話になっておりました。

そりゃこの長い間には、学校を休みたくなるような体調不良がたくさんたくさんありましたが、だましだまし何とか切り抜けてきたツケがいまになってまわってきました。当時、睡眠時間もロクに確保できなかったことも手伝ったのでしょうが、いまは病気の巣窟といった感じでありとあらゆる病院の科にかかっている現状です。

あれほど自分の体力と精神力に自信があった自分がこのザマです。病気になってからでは既に遅く、ならないようにするための普段からのケアとフォローが必要なのですね。学校のため子どもたちのため、そして家族と自分自身のため、長く働き続けるためには自分が心身ともに健康であることが欠かせません。

⑦ ほかに頼る、相談する勇気を持つ!

教師の同僚性 やめたいシリーズ

などでもこれまでふれてきたように、教師の仕事は個人プレイに頼ることももちろん多い仕事ではありますが、基本チームプレイで成り立っています。あなたもきっと、「こんなことで相談するなんて・・・」「教師として、こんなことくらい自分で処理できなくてどうする?」「自分の悩みを打ち明けてしまうなんて・・・」などと思ったりしたことがありませんか?

私もそうでした。悩みごと、困ったこと、問題等、何から何までのすべてを他に相談しろ~と言っているのではありません。自分一人ではどうしようもないこと、抱えこんで問題がさらに大きくなってしまったら大変になってしまうこと、そして進退にかかわるような大切な問題は、他人(近親者も含めて)にゼッタイ頼るべきです。

やめたクチから言わせてもらうと、あの時に戻れるならやっぱり「辞めるかどうか」「辞めてしまってもほんとうにいいものかどうか?」について、せめて親友、気の合った同僚、家族には打ち明けるべきだったと思うのです。

あの日、あの時に戻れるならゼッタイそうします。当時、自分の中では、「いったん自分が言ってしまったこと、決めたことを撤回するなんて恥、あり得ない!」なんて思っていたくらいなのです。退色願を提出した自分に対して学校長は「もう一晩二晩くらい、ゆっくり考え直してからでも遅くは無いんじゃないですか?!」とせっかく言ってくれたというのに、そんな自分でしたから「考えた末で決めたことですから・・・」とにべもない対応。あの時の学校長の寂しそうで切なそうな微笑がいまだに忘れることができません。いま思い返すと、先生は「わかっちゃいないんだな、ほんとうに・・・」って言いたかったような気がするのです。

たとえ相談したとしても、結果はいまと変わっていなかったかもしれませんが、相談できた、したという事実は私に残っていたはずです。そのうえで下した断ならばその後の現実の受け入れ方もまた、違ったものになっていた気がします。




あなたの働き方を変えるために・・・
まずは意識改革

結局のところ、自分自身で劣悪な労働環境を変える努力をするしかないのです。

教師の仕事でいちばん時間を持って行かれてしまい、精神的にも時にはかなりのダメージを受けることがあるものとは、いったい何でしょうか?

そうですね、「生徒指導」です。これに関しては自ら、そしてチームを組んで時間をかけてじっくりと取り組むべきです。しかし、相談業務は別ですが、問題行動、生徒指導事案がなるべく起きないような普段からのルーム経営、生徒指導が何よりも重要なのは言うまでもありません。

私が現職時代助かったことの一つに、マイクラス、教科担当クラス、部活での生徒指導に関するトラブルが少なかったことが挙げられます。ずっと生徒指導畑を歩いてきたこともあり、他のクラスの生徒指導につきっきりになることが日常で、それに自分のクラスの子どものトラブルも加わったなんて考えたらいまでもゾッとします。

このように、普段から気に掛け手を掛けておくことによって、重大な問題になることを防ぐことができるのです。「生徒指導」に関することについては手抜きも時短もできません。

一方、先生方には、

「自分は部活をやるために教員になったんだ!!」

「英語を使う事の楽しさを伝えたいためだけに教師になった!」

「自分がこれまで苦しんできただけに、生徒の悩みに寄り添いたい!」

などのように、先生オリジナルの「やりたいこと」「実現したいコト」がきっとそれぞれあることでしょう。

「僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない♪」という尾崎さんの歌がありましたが、自分が教師であるために譲れないことってきっとみんなそれぞれ自分の中にあると思うのです。このようにマイオリジナルなこと、自分だからこそできる、やれるってことは削るべきではないし、むしろこういったことにこそ注力すべきです。

たとえば生徒指導の追及、研究、実践~などのように、マイオリジナルに注力していくのであれば、できるだけその他の教師の仕事で削れること、効率化できることに目を向けるべきなのではないでしょうか?

 やれることとできないこと

一日24時間、みな平等に与えられています。これから生活を維持していく時間、学校ではゼッタイにやらなくてはいけないことなどを除くと、ほんとうに限られた時間しかなくなってしまいます。

神様でも超人でもない場合、やはり「何を捨て、何を取るか?」ということが問題になってきます。「虻蜂(あぶはち)取らず」ということわざがありますが、どちらもどころか「全部完璧に~」という発想はこの際捨ててください。

「やろう」とすることさえ危険です。昔の私のようになってしまいます。私の例で考えると、どう考えてみてもやはり部活動指導の時間を削るしかなかったでしょう。現職時代、緊急時、会議が有った時など以外は終始彼らとつきあってきましたが、これもいまあらためて考えてみるともっと臨機応変にいろいろと他に手立てはあったのだと思えるのです。

副顧問との話し合いで指導体制の分業制を取ったり、生徒たちだけで自律的に練習を組み立てていけるようもっと育てていくべきだったとか・・・私の場合、土日も含めて彼らと向き合ってきましたので、この部活に割かれる時間が2~3割軽減されるだけで他にやれる仕事がたくさんたくさん出てきたはずでした。

こういったすべてにおいて「いい顔したい」がために、すべてを完璧にやろうとして私は失敗しました。あれもこれもみんな捨てがたい!という気持ちは痛いほど私にもわかります。しかし、あなたのためにあえて言います。

「あれもこれもは欲張りどころか、身を滅ぼします」

やはり、「あの本を読めばこの本は読めないのだ!」という格言はほんとうのことなのだとあらためて思うのです。




あなたの気持ちをちょっとラクにする
時短・効率化のための8つのワザ!

これから紹介する10のちょっとした方法はもしかしたら先生、あなたのいまの境遇にはマッチしないものもあるかもしれません。しかし、そんな方法でも私がなぜこの方法をとるに至ったのか~を考えてもらうことで時短効率化のヒントが見えて来るかもしれません。もちろん、いまスグにでも取り入れられる方法があったのなら今日からやってみましょう。

① 時間とものごとのブロック

これはとても重要な項目なので一番最初に話します。もしかしたら先生もすでにやっていることかもしれません。

具体的にどのようなものかと言うと

「教材研究、授業研究~どんなに忙しい時でも毎日必ず20分はキープ!」

「どんなに忙しい時でも、声掛け20人は確保!」

「仕事が雪崩打つような状況であっても、一日のうちで何もやらないポカ~ンとした時間10分は必ず取る!」

~などのように先生オリジナルのマイルールを設け、これだけは必ずやる!という時間や物事を絶対ブロックするやり方です。ちなみに私は、①授業研究30分以上 ②声掛けノルマ30人(クラス15人+授業15人) ③クラスの父兄への直電話2人~と決めていました。

この手法を部活でも取っていたら・・・といまさらながら悔やまれます。

「部活動、長時間指導できない時でも、必ず毎日5分でも顔を出す!」

「部活動、毎日は長時間指導はできないけど週に3回だけは最後まで付き合う」

~とかいろいろ出来たはずだったのです。

② 生徒情報データベース化

クラス、教科担当クラス、部活、生徒指導などなど・・・教師個々が関わる生徒は結構な数になりますね。私はこれまでこういった教科指導、生徒指導上書き留めておかなくてはならないことはそれぞれ別個に紙ベースで記録していましたが、これはなんとも効率が悪く、必要な時に瞬時に生徒情報を取り出せるやり方を模索した結果、エクセルで一元的に情報を管理することにしました。

これは結構あとあと何かと役に立ってくれました。日々、思い立った時に入力していくだけでしたが、これを毎日繰り返していくと一年後には膨大なデータ量になったのでした。自分がこれを年度末に見直して要録記入の参考にしただけでなく、ほかの担任などからも見せてくれという依頼も結構な数になったものでした。

これに気をよくした私は自分の学年で生徒情報の共有を図ることを提案し、何か気にかかること、他愛もない情報も含めて逐一(ちくいち)入力することになったのでした。これまでは週一回の学年会、そして月一回程度の職会の後のの学年会の時くらいしか生徒情報の共有はなされていなかったのでしたが、これを導入することにより生徒情報が日々更新され蓄積され、それに伴い学年担任スタッフの意思疎通も密になっていったのでした。この入力データをもとに日々、直にナマでもお互い話すようになっていったのです。

いいことはさらに続きます。毎日接していない生徒、そして自分が気づかなかった気づけなかった情報、生徒の一面もうかがい知ることができるようになったため、日々生徒情報が更新され、何かと生徒と話すチャンスも増えていき、いい循環が生まれました。

私の学校ではダメでしたが、学年だけでなく学校全体でこのような情報が共有されたらもっともっといいことでしょう。しかし、情報管理そして生徒のプライバシーにかかわる内容も当然含まれていますので、逆にこのデータがもとでトラブルになってしまった~なんてことのないよう気を付けなくてはならないのです。

教育相談のように一対一、もしくはごく限られた人間だけが知っている情報などは、共有されるべきものとそうでないものとが当然存在するでしょう。こういった線引きも含めて一筋縄ではいかない面もありますが、得るものはほんとうに大きいです。

③ 仕事の優先順位はつける?!

よくビジネス書などには仕事の優先順位をつけて、優先順位の高いものから処理していく~などと書かれていますね。この方法は人によっては有効なものなのかもしれませんが、私にはあまり意味がありませんでした。そもそも処理しなくてはいけない業務量が半端でないうえ、あれもこれも重要となると、優先順位をつけたりあれこれと考えている時間がもったいないです。

そして忙しい時ほどトラブル、突発的な仕事が割り込んでくるじゃありませんか?ほかの職種ならともかく教師の仕事のハンドリングには「優先順位をつける!」というワザはあまり意味がないように私は思います。それよりも、思い立ったらスグ手を付ける、空き時間にちょこっとでも手を付ける・・・といった即やる!というスピード感が大事なのではないでしょうか?

大切なのはものごとに優先順位をつけて仕事をすることではなく、期限までに確実に処理していくことなのです。緊急であったり、本日中にやらなければいけないものを最優先しなければならないことはもちろんですが、こんなことは教師に限らず社会人であれば当たり前のことです。

当たり前ついでですが、生徒指導、教育相談、父兄対応などはすき間時間にちょこちょこっと短時間効率的にすすめるものであるはずもなく、時間をかけてじっくりと慎重にすすめるものです。時間をきっちり確保すべきものごとに時間を割き、そのぶんほかで効率化といきたいですね。

④ 生徒長期休暇時の最大限有効活用

こういった期間に、ここぞとばかりに年休をまとめて消化!~といった人たちの気持ちももちろんわかりますが、あとあとの仕事がスムーズに行くようこの期間だからこそできる、この期間にしかできないコトをやってみませんか?後々ほんとうにラクになるうえ、仕事のモチベーションもきっと上がりますよ!

私が現役時代に実践していた主なものを挙げてみます。

① 定期考査作成

実施時に修正はあるものの、原案や大枠を作っておくだけでかなりラクになります。

② 授業プリント、マメテスト作成&まとめて大量印刷

授業前の印刷室って混んでいますよね。余裕のある時だからこそ、こういったことドンドンやっちゃいましょう。

③ 家庭訪問

年度初め小中学校では当たり前かもしれませんが、高校では問題行動など余程のことがない限り、電話連絡でたいてい済ませてしまうことも多いはず・・・そこでわたしはあえて(管理職に事前に相談して)夏季休暇中に個別に家庭訪問を実施していました。

御存知のように中高生は夏休みを境に、すべてにおいて急変する子供が少なからず存在します。夏季休業中の真ん中にあえて家庭を訪れ、こどもを交えて話をするなかで得られるものは多かったのです。また、ある程度のブレーキの役目も果たしていたのではないかと思えるのです。

④ 生徒自宅、携帯直電

⑤ 生徒出身中学校訪問(生徒入学前)春期休暇中

⑥ 教室環境整備、掲示物チェンジ

私のクラスの場合、教室で(高校なのに?!)生き物をたくさん飼っていたので、私に長期休暇なんてありませんでした。部活の子供、いきものがかりの子供たちも面倒は見てはいましたが、やはり生き物の命を預かっている立場上、心配です。

生き物の世話ついでに、教室のイメチェンもよくやっていました。学期ごとにクラス写真、絵画(美術部のこどもたちの作品など)を変えていましたので、子供たちと一緒に掲示物の交換も済ませてしまっていました。

※ 「教室で生き物を飼うということ~クラスの環境整備、掲示物はどのように生徒に影響するか~




⑤ 子どもに役割を与える

私のクラスでさまざまな「係り」を設けたのは、子供たちにさまざまな役割を与えることによりクラス帰属意識と責任感を養うためであることは前に話しました。

※「初担任&授業開き~いまスグやるべきこと!準備と心構え~

掲示係、教科係、生き物係、担任秘書、クラス通信係、環境整備係、提出物係・・・これらの係りの子供たちはほんとうに担任の私を助けてくれました。彼らのおかげでどれだけ救われたことでしょう。心身ともに・・・

たとえば私の教科担当の教科係は、定期考査以外の小テストマメテストは彼らに採点集計させ、年間のデータ管理も彼らに任せていました。もちろん私もチェック確認はするのですが、生徒の目も入ったほうが彼らは発奮するものです。彼らはだんだんと欲もでてきて出題作成も担うようになってきたのです。そもそも、教科員は立候補制を採っていたので教科が好きなこどもたちなのですから、やる気は最初からマンマンです。

そして担任が結構時間を割かれるクラス通信も彼らに任せるようにしました。当初は私がすべてを担っていたのでしたが構成、編集、執筆、原稿依頼などすべて彼らが主体になって進められるようになっていったのでした。実をいうとここまでになるにはかなりの時間と相当の私の忍耐&労働を必要としたのですが、いったん軌道に乗ってしまえばあとはほんとうにラクチンです。2週に一回の打ち合わせと原稿があがってきてからの修正確認、そして私のコーナーの原稿を書くだけでよくなったのですから。

このように生徒をあえて使う(というと聞こえは悪いですが)ということはとても大切だと私は思います。時にはかえって自分でやったほうが早かったり、トラブルになったり~といろいろ問題はありましたが、そこをあえて彼らに役割を与えることにより、クラスの人間関係の潤滑油になりクラス全体の風通しがよくなっていったような気がします。

忙しくともクラス全体が見通せるようになり、大きなトラブルなどとは無縁になっていったのです。

こういった役割を与えることは、部活動事務にも使えますね。ただし徴収金関係はノーグッドでしょう。

こういったデスクワークは、本来教師一人で時間をかけてじっくり正確にやるべきことなのかもしれませんが、こういった事務作業に真面目に取り組むことが常に正しいとは思いません。簡素化、効率化できるものはどんどんしていくべきです。

変わりがきくような仕事に大切な時間を割くよりも、自分しかできない仕事や人と相対するような仕事に注力していくべきなのではないでしょうか?

⑥ すきま時間でちょっとでも手を付けてしまうことの習慣化

このブログ記事の文字数は「16,000字オーバー」です。400字詰め原稿用紙40枚以上となると気が重く、これを一気に書き上げるとなると結構たいへんで最初の一文字がとてつもなく難儀したりします。手前みそなはなしになりますが、まったくPCに向かえない日であっても15分でも構想を考えたりアイディアをメモっておいたりするだけであっても次の日取り掛かる分にはほんとうに助かるのです。ちなみに私の記事はたまに長くなりますので、長くなる時には一気に書き上げるスタンスではなく一日一時間×数日で完成にいったています。

先生方の時間のとにかくかかる仕事、たとえば研究授業の指導案作成などはたっぷり時間を取って一気に仕上げる~という方法が一番なのかもしれませんが私には合いませんでした。それよりもだいぶ前から、少しの時間を積み重ねていってノッてきたらあとはたっぷり時間をかけて一気に書き上げる~という方法を私はとってきました。レディネスをつけておくという学習心理学の方法ですね。

こうなってくるとちょっとした空き時間、すきま時間もおろそかにはできなくなります。先生方とのお茶の時間も情報交換など何かと役に立つほっとタイムではありますが、ほどほどにしておいたほうがよいかもしれません。

これは私が行っている個人的な方法なので万人向けではありませんが、クルマの中、そして風呂場での時間を有効活用していました。そうなのです。読書です。クルマでの信号待ちの1~2分、湯船の中での15分・・・ほんとうにわずかな時間ではありますが、結構読めるものです。ベッドで寝つくまでの時間なんてもいいですね。

日々のこうした数分の積み重ねも馬鹿にできません。教員が本を読まなくなったとよく言われますが、もちろん先生方が忙しくなったせいもあるでしょう。しかし、読もうというその気さえあれば、いつだって本は読めるのです。

「読めないのではない。読もうとしないだけなのだ」

ちなみに現役時代、私はテレビ、ネットサーフィン類のアクションをほぼ断っていました。寝る暇もないくらいでしたので当然といえば当然ですが、先生方にも読書はほんとうにおすすめです。私は主に教育書、心理学関係の本をよく読んでいましたが、現場でも生きてくる読書・・・やらない手はありません。




⑦ 整理整頓上手は仕事上手

これも前に話したことですが、仕事がデキる先生の机上はスッキリです。ついでに私物PCのデスクトップアイコンも極少でファイルの整理も理路整然でした。それまで事務作業、整理整頓が大の苦手で大嫌いだった私は彼の仕事術をまねることからはじめました。

ファイリングの整理の仕方、書類のPDF化、PCファイル、データのバックアップ等々・・・これまでなんと自分は非効率的な方法に甘んじていたんだ~と情けなくなったものでした。必要な時に必要な情報が正確無比瞬時に取り出せる~これが結局時短、仕事の効率化にいちばん効きます。

そのためには紙ベース、PCファイル、データにかかわらずその都度整理が必要になってきます。私はこれを怠っていたために気づいたときは膨大な書類の山、データ量に圧倒されていたのでした。

それからの私は仕事効率化のため貪欲になっていきました。当時、職員室、指導部室、教科棟とそれぞれ3つの机と書庫などが与えられていたため、仕事の種類、性格によってこの3つの部屋を使い分けることにし、書籍、書類などもすべて振り分け始めました。

この3つの部屋の移動を前にもまして頻繁にするようになって、思わぬ副産物が生まれてきたのです。

こだわりが高じて、普段使わないファイル、書類、書籍の類は思い切って処分したり、書庫の奥にしまったりしたものでした。それぞれの机の引き出しの中の整理にもこだわり、それぞれの段にも役割を持たせ、それを統一させもしました。

さらにさらにこだわりは強まっていきました。アイディア文房具、ステーショナリーにも目覚め、たくさんのアイテムを買い集め、少しでもデスクワークがラクに楽しくなるようにしたものでした。不思議とアイテムひとつで気分が和らいだり楽しくなったりするのですからなんとも不思議ですね。

⑧ すべてにおいて日頃のメンテナンスがものを言う

教師の仕事もまた、一日として同じできごと、仕事の繰り返しなどありえません。日々違った出会いや気づき学びがあるからこそ、毎日が新鮮なのですね。しかし、人間相手の仕事ゆえ、時として予想もせぬトラブルや問題が顔をのぞかせたりもします。それも忙しい時に限って・・・

そうなのですね、いちばん時間を持っていかれるのはこういった緊急時の対応、生徒指導関係ではないでしょうか?(もっと対象を広げると学校教職員間の人間関係もありますが)これらは、膨大な時間が割かれるだけでなく、心身的にもけっこうきます。

そこでです。クラス、教科担当クラス、顧問の部活、清掃指導班などなど、ふだん日常先生方のまわりの子供たち、教職員との関係を密にしておき、人間関係のメンテナンスを怠らないことがいちばんであると私は思うのです。

前にも話しましたが、教師人生最後の年、幾多の仕事に忙殺されながらも、自分のクラス、教科担当クラス、部活で大きなトラブルもなかったのは本当にありがたかったです。彼らとはそれほどいっしょの時間を過ごせなかったのが心残りですが、彼女らが自ら動ける自律心が育ったからだとも言えます。

顧問、担任、教科担任が不在でも自分たちで考えて行動できるような仕組みづくりは必要です。どのような代わりの先生が来ても大丈夫!こんな状態にもっていくまでは当然、一日二日では難しいですが、やっぱりひびのつみ重ねは大きいものです。

何も問題のない?陰で悩んでいたり苦しんでいたりする子供たちもきっとあったのでしょうが、当時の私としてはこれが精一杯でした。

病気に罹(かか)ったらふつう病院に行きますよね。でも普段から病気にならぬよう健康に気を遣ったりすることが何より大事です。学校のトラブル対策もこれと同じことなのではないでしょうか? 対教師暴力、生徒間暴力、いじめなどが起きてしまってから、「なぜなんだ?」「これからどう指導していこうか?」「どうクラスを立て直そうか?」と考え始めるのではなく、ふだんからこどもたちに声をかけ目をかけていくといった一見なんでもないことがあとあと大事になっていくのではないでしょうか?

私は普段から家庭との連絡も密にしていましたので、トラブルのときなどは指導上参考になるさまざまな情報を提供してくれたり励まされたりと、とにかく父兄の方々のあたたかさが身に染みたものでした。やじゃり人間を相手にしている稼業である以上、人間関係のメンテナンスは絶対必要です。

クラス経営、授業クラスを「予防」として位置付けるとふだんの子供たちの接し方もちょっとは変わってくるかもしれません。トラブルは未然に防ぐのがいちばんです。




先生あなたがつぶれないつぶされないために・・・
同調圧力なんかに負けるな!

私が在職していた時代と違って、今を子供たちと生きる先生方はほんとうにたいへんだと思います。かつての同僚とたまに会ったりすると、感染症対策、ITC化・・・と昔なんかまるで無縁だったことが当たり前になっているのですね。

新しく「やらなければいけないこと」がどんどん入ってきているのに、依然として業務量も減らない~となると、どうにか考えなければいけません。教員の数が劇的に増えることなど望めるはずもない・・・となれば「あとは自分の時間をさらにさらに学校に捧げるしかないのでは?」となってしまいます。(ユメザスの読者の先生方のなかで、まさか「だったらすべてにおいて手を抜くしかないな?」なんていつ人はいないと思いますので・・・)

それでは私の二の舞になってしまいます。そこで、今回のテーマの「教師の仕事の時短術と効率化」の出番です。限られた時間をやりくりし、最大限の果実を得ようとするための考え方と実践です。

これまでと同じ考えで同じことをやっていたのでは働き方の「改革」など望めるはずもありません。結果を変え、果実を得ようとするのであれば、あなたの考えを変え、実際に行動に移していかなくてはなりません。ちょっとちょっとのワザなどでは大きな改革は望めないかもしれませんが、まずは考えてみる、実践してみる~こういった小さなことからはじめ、それをやり続けていく・・・そこから何かが始まるのではないですか?

民間企業を経て学校に飛び込んだ私は当初理解しがたいことだらけでしたが、教師の集団心理というものはいまは少しは理解しております。「学校のため、子供のため」を錦の御旗に見立て、横並び、突き抜けることへの恐れ、同調圧力・・・教員文化ともいうのでしょうか。



たとえば、先にも話した「職員室の同調圧力」が典型的な教員文化でしょう。先に定時で帰るのは「悪!」みたいな・・・

先生方の気持ちは痛いほど私にもわかります。同じ学年で問題行動があって明日の指導部会にあげる資料作りやら、事情聴取のための家庭訪問などみんな学年、指導部スタッフ分担してやっている・・・どうしよう、今日は早く帰って親の介護しなくちゃいけない日なのに・・・

時と場合にもよりますが、その先生でなくてはどうしてもだめだ、変わりはいない!唯一無二の存在だ!というケースを除いては、個人の事情、そちらを優先させるべきでしょう。(私自身、こちらに関しては実際に実践してこなかったので偉そうには全く言えませんが)

といいますのも、教職員それぞれみな、どれぞれに事情があり違った人間だからです。抱えている問題、環境、背景、家庭もまた実にさまざまでしょう。病気の子供を抱えていたり、仕事帰りに放課後デイサービスに通う子供のお迎え当番になっているママさん先生だっていることでしょう。実際、定時でかえって、家で家事もこなし、学校の持ち帰り残業をやっているお父さん先生だっているのです。若い人は若い人で、まさしく今日この日、彼女に結婚を申し込むつもりなのかもしれないのです。

いま思うと昔の私はなんと罪作りだったことでしょう。もちろん表立って感情を露わになんかはしませんでしたが、どこかで定時で帰る(定時前にいなくなってしまう同僚もけっこういましたが、これはこれで問題です)先生方を疎(うとん)じていたのです。きっと「頑張っている?!」自分にどこかウットリ酔っていたのですね。今考えると実に感じ悪い&気持ち悪いです。昔の自分とはいえ。

こういった自分を含めた個々の「同調圧力」が「職員室の大きな同調圧力」となり、大きなうねりを伴ってこれまた生真面目な先生を襲うのです。学校のため、子供たちのため一生懸命に仕事をする・・・勤勉真面目責任感大おおいにけっこう~しかし自分がそうかもしれないからといって、他にそれを押し付けるのはどうかなと思うのです。

学校がすべて、学校にすべてをささげるべき!こういった考えが潮流になっていくのはこわいです。学校もまたさまざまな考えを持った雑多な人間で構成されるべきであると私は考えるからです。

先生!もしかしたらあなたのその誠実さ、生真面目さが職員室の同調圧力を生んでいるのかもしれません。

いままで毎日が学校で午前様だった先生が今日この日からいきなり定時退勤~というのもちょっと無理があるでしょうから、前に行った「一週のこの日だけは定時に帰る!」といった日を必ず設け、それを続けていってはどうでしょうか?最初は勇気がいるでしょうが、続けていくうち「先生!今日火曜日よ!早く帰らないと・・・」なんて同僚が言ってくれるまでになるかもしれませんね。

学校に残っていることがすべて・・・という考え方もいまは変わりました、私の中で・・・早く帰り、健康維持に努めたり、リフレッシュして心身ともに万全の状態で子供たちの前に立つ・・・これもまた俯瞰してみるとこれはこれでまたまじめで誠実な態度だと今は思えるのです。

いままで信じていたそのまじめさが災いして身体を壊し、学校を去った私がいうのですから少しは説得力があるでしょう。

これからの困難な時代、この学校という摩訶不思議な世界で生き残っていくためにはある種の割り切り、そして図太さが必要になってくるのかもしれません。けっして学校を冷めた目で見ろとかドライになれ!というのではなく、「自分がいちばん大事にしているのはこれだ!」という柱をこれまで以上に大切にしていくべきであるということです。

こういった考え方、価値観の違い、個々の多様性をもっともっと学校は認めていく場にならないといけません。

教師であるならば、やはり「自分にしかできないこと」「自分に期待されていること」「自分が追い求めたいこと」を追求していきたいじゃないですか?!

先生の変わりはいくらでもいるかもしれませんが、先生「あなた」の変わりはどこにもいないのですから・・・











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