教師 教育・教師 相談ケース

人生やり直しがきくなら、それでも、もう一度教師になりますか?校種教科選択、教師の同僚性、健康管理が大切なワケ

「戻りたい戻れない気持ち裏腹♪」のフレーズが有名な、明菜さんの「禁区」という歌がありました。

私が教師を辞めてから、もう既に十年近くの年月が流れ去っていきましたが、まさしく現実的に「戻れない」大人の事情の裏腹に「戻りたい!」という気持ちも見え隠れしているのです。しかし一方、「やり切った!」「死線をさまよい続けていたあの生活には二度と戻りたくない!」という気持ちもまたあり、こちらのほうが強いため、いまこうして自営という野良犬生活を送っているワケなのです。

毎日が充実いきいきしていたあの日々も、当時としては限界ギリギリの綱渡りの上、当然うれしいことばかりなどであるはずもなく、落ち込むことや傷つけられたこと、自己の能力のなさに愕然とすることだってたくさんあったのです。

しかし不思議なもので、辞めてからこうして歳を重ねていくと想い出されるのはなぜかキラキラとした想い出やエピソードばかり・・・

今回の相談者さん(というより「質問者さん」)の問いはズバリ!「人生やり直しがきくなら、それでも、もう一度教師になりますか?」コレです。彼(教師を目指そうかどうか迷っている大学生)とはメールで何度かやり取りがあったのですが、ここではそのままこちらで再現するのではなく、彼に応えた内容に私の今の気持ちをのせてシンプルにまとめてみます。







生まれ変わったとしても教師になる!
ゼッタイ!
ただし、商業以外で・・・・

カッコよく?言い切ってしまいましたが、これは自分が教師を長いこと経験したからこそ、私なりに自信をもって言えることなのです。

ただ同じ過ちは繰り返しますまい。学校が好きすぎて、のめり込みすぎて自分が死にそうになるまで自己に鞭打つことはやめると宣言します。教師道を全うするためには心身共に健やかでなければ教壇には立てませんから。

それと、他に頼れるチカラ(これは「なぜ教師は悩みを相談するのが苦手なのか?教師の同僚性①~もっと自己解放を~」でリキを入れてしゃべっています。)を身につけます。学年を任されてた頃、「頼むより自分がやったほうが早いから~」なんて理由を勝手につけて自分でなんでもホイホイ引き受けてた私は傲慢でした。だって、結局、他人を学年メンバーを信用してなかったことと同じなんですから・・・

これからの時代、教師として生き残るためには、他を頼るチカラ、ここぞという時に、自分一人で抱え込まず同僚管理職に相談できる余裕が必要になってくるでしょう。なにせ、学校は個人プレー、教師個々の力量に頼ることももちろん多い職場ですが、基本「チームプレイ」なのですから。

自分自身が生き残ることも、もちろん大切なことですが、自分が倒れたりつまずくことによって学校の主役であるはずの児童生徒に与える影響も見逃せません。子どもたちのため学校のためを思うのであれば、教師としてのスキルを磨くことと同じくらい、この「教師の同僚性」、そして自己の心身管理は重要になってくるのではないでしょうか?これは過去の私に対しての戒めでもあるのです。

とは言っても、何も同じ校種、専門でやるとは誰も言っておりませぬ。

後悔しないための教員採用試験・教科校種選択~簿記でロマンは語れるか?!~」でもさんざんしゃべってきましたが、校種、専門教科の選択は本当にほんとうにホントウに大事!大切!!肝要!!!ですよね。

教師のやりたいことの三本柱といったら、①授業(専門の研究も含めて、特に校種高等学校では学究肌の教師もそれなりにいますもの)②クラス経営(学級担任) ③部活・・・4位以下省略~と相場が決まっておりまする。

それなのにそれなのに、最後の最期までとうとう私は自己の専門である「高校商業」をスキになることはできませんでした。よりによって商業を選んだ理由はそちらを見てもらえばスグわかるので深入りはしませんが、カンタンに言うと当時の教採の倍率だけで動いてしまった・・・というコト。あ~あ今思うとなさけやなさけなや・・・誰かさんに「お前は、バカか?」と言われそうですが、たしかに「ハイ、バカでした!」

米文学専攻、かつ学生時代は歴史書を読み漁ってきたレキダンだったのに、何を血迷ったのか通信制大学に編入してまで入った学部は「商学部」。もちろん私にとって本気になれる教科ではなかっただけのはなしにはなりますが、最後まで授業の簿記やワードエクセルパワポでロマンは語れませんでした。

このご時世、電卓、珠算検定(思考過程が磨かれ開発されるのは理解できますが)、秘書検定(最近、その出題内容が時代錯誤も甚だしいと話題になりましたが)、ワープロ検定ですって。検定合格のためにかける時間、労力、費用を考えると将来、彼女たちにとってそれほどペイするとはあまり思われませぬ。

たしかに会社経営者だけではなく、社員も財務諸表を読むチカラは必要ですが、あそこまで血眼になって検定合格のために教師ともどもリキを注ぐ意味が最後まで私には分からなかった。彼女らが検定、資格に合格した時の充実感達成感はそりゃあるにはありますが、いまあえてここでやる必要があるのか?と問われると私の頭の中では疑問符が付いてしまうのです。

日商簿記1級を取って税理士試験受験資格を得たり、商業経済系大学、各種専門学校に進学したりする子どもはほんのわずか。ほとんどの生徒は一般就職。それだったら女子が男に頼らず一人でも生きていけるチカラ、つまり「稼ぐチカラ」を身につけさせるほうがよほど時代にもマッチするし、理にもかなっていると私は思うのです。(そもそも教員自体がまったく商いをやったことのない人のほうが多いのですが・・・)




私は何も現在、高校で行われている商業の教育課程のすべてを完全否定しているワケではありません。さまざまな生徒に、幅と奥行きのある選択肢をもっともっと提示してあげてもいいのではないか?と思っているだけなのです。時代にマッチした柔軟、かつ多様性に富んだ教育課程にシフトしていかなければならない時期にもう既に来ているはずです。

いまはPCアプリのスキルなんてできて当たり前の時代で、別に商業科学徒だけの専売特許でもなんでもありませんよね。しかし一方、こういったスキルをあえていま学びたい生徒の存在も無視はできません。主に商業高校ではなく、普通科の教育課程の中に商業の科目が組み入れられている、いわゆる教育困難校などがそうですね。

しかし彼らにとっても大昔のように、商業高校出たらフツウに勤めて組織の末端として一般事務や販売員という考え方では、もはや通用しない時代になってきています。そういう人を時代、社会は求めてはいません。商人に使用人として仕える立場ではなく、自らビジネスを起ち上げまわしていく創業者、そしてビジネスオーナー、使用者にだって誰だってなれる時代です。

個人としてでも、いままでになかった「価値」を創り出し、本来であればつながるはずでなかった人たちを結び付け、自他も含めて新しい「ハコ」、仕事をつくりだすことが容易な時代なのです。

ネット環境が備わっていて、その気になりさえすれば・・・

退職後に一時期奉職した私立女子校では、生徒全員にタブレットが行き渡っていて(入学時購入させられていました)、カタチだけは最先端を行っているように思われましたが、所詮、校内SNS用、ググる程度にしか使われていないようで端末がちょっとかわいそうでした。

ネットから享受できる醍醐味、旨味は情報の受け手でいるだけでは決して得られないでしょう。むしろ積極的な「発信者」となってはじめて味わう事ができるはずです。

今や野良犬となって自活している私からすると、ネットで集客できるチカラはほんとうに大切なものであり、ネットのつながるつなげるチカラの持つパワーには半端なく凄まじいものがあります。

こんなことをいま考えている私がもう一度教科選択をやり直せるとしたら、きっと家庭科、もしくは地歴公民、国語科あたりをきっと選ぶことでしょう。


男の家庭科

おそらくみなさんは、家庭科の免許取れるのは、家政、食物、被服、生活科学関係の学部、それもメイン女子大じゃないと取れないんじゃないの?~って思うかもしれません。

たしかにだいたいは合ってはいるのですが、女子大でない大学の学部学科は当然、男子でも入れますし、別に昼間の通学部に必ずしも通う必要もないのです。大学通信教育という一手もありますよね。ただ、私が知っている限りでは中高家庭科の教員免許を取得できるのは「日本女子大学通信教育課程」のみです。(ただし、が付きます。こちらに入学できるのは基本「女性」のみです。正科生として入学し、正規の課程を履修して「卒業」できるのは、「女性のみ」ということです。しかし、私のように、家庭科以外の教員免許を所持していて、こちらを基礎資格として家庭科の免許取得を希望するものは「男女問わず」ということなので、「男性」でも「科目履修生(卒業は目指さず、教員免許取得に必要な科目のみ履修する)」としてなら入学できるのです。

※ 注:中高両校種の免許を所持していないもの(私のように高校商業など)は、当然片方の校種の家庭科免許しか取得できません。私の場合で言うと、高校家庭科の免許しか取得できないということになります。どうしても、私が中学校の家庭科の免許が欲しいんだ!と言ってもダメなようです。ご存知のように小中の免許取得には介護実習が必須ですが、校種高校では必要ではなかったので私は受講していません。これらの実習を科目履修生では履修できないということらしいです。一方、中高数学の教員免許を持っている男性が、家庭科免許取得のために科目履修生として3年次に編入学すれば、最短2年で中学高等学校と2校種の家庭科免許が取得できるのです。

現役時代は真面目かつ本気で3年次編入を考えたくらいだったのです。悲しいかな、あれだけの目まぐるしい一日に加え、睡眠時間を削りに削っての慢性的睡眠不足の状態ではどうやって「学業」と学校を両立させるかで散々悩み抜き、入学には至らなかったのです。

本気度がなかっただけじゃないの?と言われればその通りかもしれませんが、ニチジョの通信は生半可な気持ちではゼッタイクリアできないというウワサは前々からあり、それに加え、スクーリングで長期間学校を離れることが管理職の理解をまったく得られず、事実上困難と相分って断念したのでした。「教える」と「学ぶ」を両立させ、これからの教師人生に活かしたかったのに。

そもそも米文学専攻の私が、卒業後商業の免許を取得したのも通信制大学でした。この時は会社員との二足の草鞋を履いてのチャレンジでした。ニチダイの通信だったのですが、それでもそれなりにかなり難儀しましたよ。3年次編入で最短2年で免許取得となるはずがなんと3年半強かかったのですから・・・

実はニチダイに入れてもらう前に、小学校、中高社会(中学社会、高校地歴公民~となる前はこうだったのです)~とそれぞれ2つの大学通信制課程に編入し、中途挫折退学していた私でしたから、4年近くかかって取得できたときはそれはもうほんとうに嬉しかったですね。(私の通信教育学生だったころの懐かしくも悲惨だった想い出は「通信制大学で教員免許取得!やって、なってみてわかったメリットとデメリット」でくわしく話しています)



そもそもなぜ?「家庭科」なのか?

当たり前すぎることかもしれませんが、教科家庭科は、わたしたちの「生活そのもの」を学びます。衣食住の基本3分野にとどまらず、家庭、家族・日々の生活・介護・ライフサイクル・ライフスタイル・家事育児・働き方・お金に関すること・私たちを取り巻く法律、果ては男女間のことまで・・・そう、現在から死に至るまでの、そのすべてが学習対象となっているのです。ひいては、「どう生きるか?」という遠大なテーマを投げかけている教科とも言えます。

性別にかかわらず、日々の生活から人生までをもデザインして考えていく教科、それが家庭科のような気がします。

「家庭科」というと、どうしても女性というイメージが当たり前すぎて、教員間のとらえ方も受験に関係ない教科・・・といった感じで相対的に家庭科の地位?はこれまで低すぎるポジショニングでした。

しかし一方、これだけ私たちにとって身近で直接役に立つリアルな学問はないのでしょうか?生活について学ぶという事は、自分を見つめ直し、自分の生き方について考えるということでもあるのです。現に私のクラスの子どもたちでも、家庭科で学んだことから興味が湧き、保育、調理、建築、服飾関係の専門学校、大学短大に進学したものは少なくないです。自分の行く先、生き方について考えさせ、直に社会への橋渡しまでさせてしまう「家庭科」恐るべしです。ほんとうにダイナミックな教科です。

これまで述べてきたことに加え、私がやり直せるとしたら「家庭科」を選ぶ理由は、家庭科教員に男性が圧倒的に少なすぎる現実があるからなのです。家庭科、養護教諭以外の教科では男女それぞれがいて当たり前の世界なのに、この両者に関してはほとんど女性の世界です。

この現況をまず、自分から打破していってみたい!という思いが強いですね。いまの仕事を持ってしまった私にはこの夢を叶えることはできませんが、これからの人たちに大いに期待したいです。

これまで私が話してきた内容はあくまでも、「教師という仕事を経験してきた~」という前提があってのことです。教師長年やってきて辞めちゃったけど、もし生まれ変わっても「もう一度チャレンジしたい!」ということなのです。




もし、これが、まっさらな状態で、進路選択が十分に可能な中高生時代に戻れるというならどうでしょう?もしかしたら、違った生き方を選ぶのかもしれませんが、おそらくそれでもなお教師への道を歩むような気がします。教職を経験する前、辞めてからもさまざまな仕事に就いてきましたが、これほど充実感にあふれる仕事には巡り合えなかったから・・・

教師を取り巻く環境は現在、厳しいものがあります。本来であれば教壇に立っていたであろう人たちも、どんどん別の世界を志していっている現状です。こんな時代だからこそ、教師を目指すということはとても意味があることなのではないでしょうか?

そして、「あえて」「いま」、やると決めたのならまず、「なぜ、自分は教師という生きかたを選ぶのか?」「自分が教師として学校で、いったい何を成し遂げようとしているのか?」「自分が子どもたち、学校に対して何ができるのか?」を自分に問いかけてほしいのです。

教師としてのスタートは、思い立った、「今日」「ここから」始まるのではないでしょうか?






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