教師を志す人へ 教育・教師

教師になるとなかなかできなくなってしまうこと10選!~まさに奉職!あなたはすべてを捧げる覚悟がありますか?~









ブラック学校という言葉があるように、現況では教師のおかれている労働環境は最悪と言わざるを得ません。

月100時間以上の残業なんて当たり前、毎月ですもの退職まで。「定時」という言葉なんて忘れてしまいました。勤務時間中の休憩なんて当然ありません。さらに土日、長期休暇も部活その他もろもろで吹き飛んでしまいます。さらにさらに持ち帰り残業で午前様・・・

あきらかに教員ひとりでの処理限度を超えた、これでもか!という仕事量を強いる現場。病気になって倒れても、泡を吹かない限り決して休めず、時間給を取ってお医者にかかっていた日々・・・

私にとって教職は天職でしたが、その天職があだとなって転職とあいなりました。

そうなのです。教員に労働法など適用されるわけもなく、人権さえも無視される世界なのです。それでもあなたは教員を目指しますか?

他の職業では決して得ることが叶わない喜びに満ちた世界ではありますが、実際の教師の労働環境は過酷を極めます。向いている向いてない~についてなんて散々これまでこちらのサイトで話してきましたが、その前に強靭な体力と精神力が必要になる仕事なのです。

これからは、ちょっとやそっとのことではへこたれない「耐性」が教員にも求められるのは間違いありません。

こちらを訪れているみなさんのことですから、それでも教師を目指す!と言う事は百も承知です。そこで今回は、私(あくまでも私の場合)が教師になったとたん実際にできなくなってしまったこと10選!を紹介したいと思います。

注意書き(取扱説明書)

これはあくまでも、私の場合の例、たとえですから参考程度にどうぞ。でもみなさんにも当てはまること、たくさんありそうです・・・

能力的な理由からももちろんくるのでしょうが、私は一日、一年そのすべてを学校に捧げても自分で満足する仕事量、成果には達しませんでした。圧倒的な仕事量というのは現状では事実です。

しかし、その陰で(陰でもないです、実に堂々としています。日の当たるところで・・・)当然、アフター5、長期バカンスを満喫している教員もいるのです。(仕事量の不平等さはみなさんもこれから目の当たりにするでしょうが、ここではいったん置いておきます。)

そうなのです。自分に与えられたセクションの必要最低限のことをやってさえいれば誰も咎めたりなんかしません。それでもいいんです、許されるのです。自分がそれで満足するのであれば・・・

ご存知のように教師の仕事はここまででいい~というキリ・際限がまったくないのです。その線引きは当然、自分でしなくてはいけません。「やること」と「やらないこと」をキッチリ分け、やることに優先順位を付けていくしかないのです。あれもこれもでは、結局虻蜂取らずになってしまうことになりかねません。涙を呑んで「やらないこと(できないこと)」を決めるのです。

リーマン教員になるのも、シャカリキモーレツ教師を目指すのもすべてはあなた次第。

あなたはこれからの教師人生でどのような働き方を選ぶのでしょう?いまからそんなことを考えておくこともちょっぴり楽しくて、あながち無駄なことではないでしょう。

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私ができなくなってしまったこと10選!

①休みがまったく取れなくなってしまった=自分の時間ゼロ

十数年の教師生活で年休取得したのは数えるほど、そのほとんどが未消化で露と消えていきました。また、一年でまともに休めたのは年末年始の5日間、そして夏季休暇の3日程度でした。この貴重な休みのほとんどが爆睡休暇となったのは言うまでもありません。

教師になってから映画、TVの類はほとんど見た記憶がありません。映画は私の創作活動のパワーの源みなたいなものでしたが環境がそれを許してくれなくなりました。土台、午前様ギリギリで帰ってきて映画、テレビなどを見るなどという気力はもうありませんでした。

②創作活動やめてしまった

これまでさまざまな創作活動をしてきた私ですが、その時間がゼロとなり、この間はまったく発表もしていません。自ずから読書などの時間が大幅に削り取られ(仕事で必要とされる読書しかしなくなる悪循環)、地域活動その他友人との時間もほぼなくなりました。(学校内との同僚との付き合いが多くなる)

それにしてもやはり自分の「柱」であったものを失った代償は大きすぎました。自分が自分でなくなったようで当初は悩みぬきましたが、現場の忙しさ、日常がそんなものはすべて吹き飛ばしてくれたのでした。

③旅行ゼロ

本当に一度も出かけられませんでした。修学旅行を除いては・・・・

修学旅行は子どもたちへの新たな気付きなど得るものがたくさんで、それなりに有意義なのですが、さすがに満喫~などとはならないでしょう。数日間の慢性的睡眠不足と気の張りで、まだ一応家に帰ることのできる日常の方がましというものです。

これがプライベートでだったら・・・と行くたびに思ったものです。

④病院に行けなくなってしまった

私は自分で自分の身体の異変に気付けないほど、自分を痛め続けていたのでした。気付いた時はもうすでに心身がボロボロでした。この話はディープ且つなが~くなる話ですので、こちらでは深入りしません。ちょっとでも興味ある方は「辞めた理由シリーズ」をどうぞ。

教師が退職後の生存日数(残り寿命)が短い職業のトップテンに必ず入っているのはみなさんも知っていることと思います。そうなのです。若い時分から、長い年月かけて痛めつけてきたダメージというものは、あとから出てくるのです。

怖いですね。私は辞めてしまったことについては後悔も半分ですが、間違いなく「命拾い」もしましたし、確実に寿命は延びました。あのまま、あの働き方を続けていたら間違いなく在職中に地獄行きでしたね。

在職中に志半ばで亡くなった人たちを何人見送ったことか・・・そういく過酷な職業でもあるのです。教職は・・・

⑤自己研鑽のための時間がなくなってしまった

これは教師としては実にイタいです!教師とは学び続け、成長していかなくてはいけない存在のはずです。

それが自分に磨きをかける時間の捻出に四苦八苦するような環境では教師が教師でい続けるのは難しいのではないでしょうか?私ももちろん人並みに苦しみましたが、とりあえず目の前の仕事を片付けるのに毎日が精いっぱいで結局、退職の日までその繰り返しでした。

この事で悩んでいる教師は実際多いです。自己の働き方改革を成し遂げたリーマン教員の人たちのほうが、よほど本を読んでいるのではないか?~と当時から思っていたものでした。

自己研鑽とは何も自己の専門教科や自分を高めるための勉強のことだけを言っているのではありません。ふと立ち止まり、自らの行く末に想いを馳せたり、これまでの自分が歩いてきた道のりを振り返ったり~といった「余裕」のことも含めて考えています。

今、教職にある先生方の大部分は脇目も振らず退職まで走り続けることでしょう。そして、退職を迎えたその日になってはじめて、失われた家族、自分との対話の時間の大切さにきっと気付くはずです。しかし、その時はもうすでに若くはないのです。時は流れてしまっているのです。

⑥買い物の自由度がなくなってしまった

買い物を楽しめないというのは実に情けなくもなります。仕方ないのです、とにかく時間が惜しいから。

「使えれば何でもいい」

「手っ取り早く食べられるところがいい」

このような理由から勝手知ったる店ばかり。ごはんは早い!安い!うまい!の三拍子!!!が揃ったお店のみ、そして行きつくところはコンビニオンリーの毎日・・・

⑦人との出会いの場がまったくなくなってしまった

狭い学校内だけでの出会いです。老いも若きも男と女も・・・当然婚期は遅れる、出会いがあっても手っ取り早く身内(学校関係者)で・・・あるあるですね。

※「教師の結婚事情、そして結婚後の生活~教員同士婚活のメリット~

⑧金銭感覚がおかしくなってしまった

実際使うヒマがないのです。ボーナスで100万近くもらっても・・・ストレス発散のための爆買い。なんでもいい買い!私の場合、それがクルマでした。これまで20台以上乗り継いできて散財の限りを尽くしました。

ローン組むにしても民間のローンでしたらカンタンに審査通ってしまうのです。共済でも安~く借りられますし。教員は手元にまったくお金がなくともお金が結構借りられてしまう、ある意味とても怖い職業です。

自制心を無くし、ローン地獄に陥っている人も少なからずいる現実が如実にこの恐怖を物語っています。

⑨多くの友人・知人とのつながりを失ってしまった

忙しい、時間がない・・・は理由にならないかもしれませんがほんとうにそうだったのです。それだけ時間が惜しかったし、時間に追われてもいました。むしろ、彼らを思い出すような幸せな余裕など、当時の私にはなかったのでした。

連絡しなくなって会うこともなくなり、年に一度の年賀状のやり取りだけになっていくというお決まりのパターン。やがてその年賀状も届かなくなり、いつしか思い出すことさえやめてしまう・・・

哀しくも切ない昔の想い出・・・・

⑩家族との時間を無くしてしまった

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私が昔、家族とうまくいっていないことは

父親とうまくいかない息子・娘でいいのか?父親が嫌いで尊敬できなくともよいのか~親子関係は許し許され~

などでもこれまで何度かはなしてきましたが、うまくいってなかった原因の一つにこれまた、一緒にいる時間、話し合う空間を共有できなかったことがあげられるのです。

それが退職し、紆余曲折を経て自営で自活できるようになると時間だけでなく、こころにも余裕が生まれ、相手を思いやれるようななんとも形容しがたい気持ちになることができたのですから本当に不思議です。

あのまま続けていたら、このような不思議な感覚を味わうことも決してなかったことでしょう。今となっては遅いのかもしれませんが、失われた時間を少しづつ取り戻している毎日です。

辞めてから半年もたてば、「そんな人いた?!」くらいの世界ではないですか?それだけ現場は忙しく、辞めてしまってもう教師でも同僚でもなくなった人間のことなど誰しも構っているヒマなどないのです。

教師、その人、本人の代わりは決していないのでしょうが、代わりに「やりたい!」人はいくらでもいて、いくらでも代わりはきくのです。辞めた後の心配などしてくれる実にありがたい奇特な人はわずかです。

やはり、最後まで頼りになり心の支えとなってくれるのは家族なのではないでしょうか?

いかがでしょうか?みなさんのこれからともまったく無関係のものばかりではなかったはずです。

教師になったとたん、自分の働き方=生き方の選択を迫られるのです。息つく暇もない感じで時間は流れていくでしょうから、いまのうちからこれからの自分について考えておくことは私はとても大切なことだと思います。

何かを得るということは何かを失うということです。

そのバランスが非常に大事で、これが崩れるとすべてにおいてダメージを喰らいます。このバランスも自分で考えていかなくてはいかないのです。ある意味、教師もまた自分と生涯向き合っていかなければならない仕事です。

自分目指すものは何なのか?そのためには何を切り捨てなくてはいけないのか?

それとも「あぶ」と「はち」の両方を追い続けるのか?

すべてはみなさん次第なのです。














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