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自分で自分を「先生!」ってバカ丸出しで恥ずかしくないですか?「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし②」









突然ですが「先生方」は自分のことをどのように呼んでいますか?

僕、私、自分、先生~日本語ってTPOでいろいろ呼び方を変えられて便利ですね。でも私は、管理職、同僚、父兄、生徒・・・すべての人の前で一貫して「私」でした。これは初任時から退職までず~っと貫き通すことができました。どういうわけか、自分の中では譲れない「柱」みたいなものだったのかもしれません。

想像したくもないけれど、自分で自らのことを「先生!」なんて呼んだら恥ずかしくって顔から火が出るかも? 現在では自分自身を「先生」と呼び、他人にまで「先生」とそう呼ぶことを強制する「先生様」が跋扈する世の中になってしまったようです。

「呼び方ひとつで細かいんだよ、どうでもいいことじゃないか?」という声が聞こえてきそうですが、自分自身でわがをそう呼び、そう呼ばれることに慣れてくると人間、驕れるもので慎み深さという自戒の念からますます遠ざかっていくような気がしてなりません。

つい最近、こちらのサイトのコメント欄からではなく、直接、当サイトの「問い合わせ」から、「そういった誤った考えこそがお前の驕りである!」というご高説をもらいましたが、果たしてそうでしょうか?

実際、私のような疑問を抱くのはどうやら私限定ではないようです。最近では議員を「先生」と呼ぶことに違和感を覚える向きがあり、「先生」と呼ばれる(だけだったらまだわかりますが、仕事場が学校になったとたん自分自身を「先生様」扱いする裸の王様ばっかりなんですから学校は如何に世間の感覚から逸脱しているのかが分かります)さまざまな職業人を「先生」付けで呼ばない人が増えているようです。

6月20日の産経新聞で「どう思う?議員の「先生」呼び?勘違い、助長の面も・・・」との見出しの記事が載りました。今さら感ありありですが、面白い記事でした。このことについて違和感を感じている議員秘書の人たちの意見を抜粋するとこのような感じです。

「先生」と呼ぶことについては、国会議員の秘書ら関係者はどう考えているのだろうか。 ある現職国会議員の秘書は「周囲が持ち上げるせいか、尊大な態度を取るベテラン議員もいる」と吐露。自らが秘書を務めている議員については「当選回数が少ないので当初は違和感があった」としつつも、「聞き慣れて気にならなくなってしまっている。先生と呼ばれることが(態度を)大きくするのであれば、(自分の事務所では)そうならないように気を引き締めたい」と話した。 参院選に立候補を予定している新人候補の一人は、「自分が議員になったからといって、これまで関わってきた人たちとの立場が変わるわけではない。それなのに、突然『先生』と呼ばれると上下関係が生まれるようでおかしい」とし、自分が当選しても「(先生と)呼んでほしくない」と語った。

それは「議員」のことだろう? いまは「学校の先生様」のことを話してるのだ~と来ることは分かってるので、この記事についた「学校の教員」を「先生」と呼ぶことについてのネットコメントをひろってみました。

★自分は小学生のころから教師を先生と呼ばされていることに強い違和感を感じていました。 例えば医者なら自分で信頼できる医者を探して治療にしてもらうことができ、治療への感謝の気持ちを持って先生と呼ぶことができます 教師はこちらから選べることもなく強制的にクラスに組み入れられ自分がどう思うか関係なく先生を強制されてきました。

★私はボランティアでスポーツコーチ(公認)をしているが、教員も混ざっているので小学生たちは私の事を先生と呼ぶこともある。訂正も否定もしない。間違いでもそう呼んでくれている人たちで私は成り立っているし、その人たちはとても可愛く教え慨いがある。私が襟を正し、気を引き締めるタイミングでもある。先生と呼ばれることがある他の人にもそうして欲しい。

★先生という言葉を特別重く捉えるのが間違いの気がするけどね。 学校(特に小中学校)の教職員を先生と呼び、その先生の言う事は「絶対」と思い込ませる教育制度に問題があるのでは? だから体罰とかセクハラとか横行するんだと思う。「先生の言う事には間違いない」とすり込まれた子供達が、「先生がこうするのには何か理由があるはず」と相手を正当化してしまう。 単に教科書の内容を教えているだけの「先生」を偉く思う必要は無い。 そうすれば、政治家が「先生」と呼ばれても別になんの偏見も無くなるのでは? 「先生と呼ばれる単語の正当な評価」。こっちが大事な気がする。

★先生と呼ばれる仕事はいろいろある。 議員もそうだが教師もそうで、国民の税金で養われている人たちがなぜその国民から先生と尊称するような呼び方をされるのかずっと疑問に思っていた。

★最近では一部の学校でも「先生」をやめる動きがあり、各人が呼んで欲しい名前を伝えてます。聞くとほとんどのの人がファーストネームの呼び捨て、もしくは、さん付けとの事。 余談ですが、学校に出入りする機会がわりとあり、「教頭先生」「校長先生」と呼んでいる児童が多いことに、毎回違和感を感じます。「教頭」「校長(学校長)」で既に敬称なので、日本語も学ぶべき学校で、二重敬称になってもなぜ指導しないのだろうか?

★先生と言えば、まずは教職、医師、政治家、法律家、芸術家などが浮かぶが、身近なのは教職と医師でしょうか。 あくまで個人差がある話ですが、先生と呼ばれる人でもそれに相応しい振る舞いや人格を持っている人もあれば、その優越的立場から相手を見下し威張り散らす人もいる、また時と場合もある事ではあるが、やはり後者に接した際の嫌悪感は相手が思っている以上のものがあるし後に残りますね。 中にはまず初対面で謙る事を強制してくる人物もいる、そういう「先生」には表面的には無難に接しても、心では下等な人物として軽蔑するしかないですね。 個人的に正に勘違いと権威主義の助長に繋がるのでこの風習は好きではない。

★先生と呼ばれて欲しくない方もいらっしゃると思います。私は塾の講師をしておりますが、 本当は先生と呼んで欲しくありません。先生と言われるほど、高潔な人間ではないからです。 何度か、他の呼び方に変えるように生徒に言った事もありますが、いろいろあり、結局のとこ ろ「先生」と呼ばれる事になっています。今までの慣習なんでしょうね。それはそれで、無理 して変えなくていいと、最近思うようになりました。

 

「先生様」も、世間一般ではこの程度、このようにとらえられているのです。私は長いこと民間企業を経験したのち、公立高校で十年以上奉職しました。そして現在の自営に至るまでの間、再び民間企業にお世話になりましたが、民間企業では実際、「教員やってたの、あっそう」くらいのレベルです。それだけで済まされます。

再び、学校とか教育産業でならまだしも少しは重く見られますが、効率&利益最優先の社会では「先生様」の評価は必ずしも高くはありません。もちろん人によりけりでしょうが、社会では「今まで何をやってきたか?」ではなく、「今、何ができるか?」が求められる当たり前ですが非常にシビアな世界です。

「後になって生徒は分かってくれる~」なんて眠たいセリフなんて誰も聞いてくれるヒマも余裕も持ち合わせていません。「後から」じゃなくって「今」、「結果」を出すことが求められるのです。死亡ひき逃げ事故とか、生徒を一方的にズダボロにしたとかでない限り、退職のその日まで給与は無条件で上がり続け、老後から死ぬまでまで手厚い年金で面倒見てもらえる「先生様」にとってはちょっとキツすぎる世界かもしれません。(教師の仕事の激務さは私自身、学校が好きすぎてやりすぎて体壊したくらいですから理解はしているつもりです。今、話しているのは次元の違うキツさのことです)

これが一般世間の常識なのですが、学校の先生で今、この時から教壇を去ったとして、明日から自分の看板を立てて自活していける人がどのくらい果たしているでしょう? 私自身、身体を壊して学校を去ってから民間企業では辛酸舐めつくしました。土台、民間上がりで下手なプライドなど持ち合わせてはおらず、なんでもやってやれ楽しんでやれのチャレンジスピリッツをモットーとはしていますが、それなりに私なりに悔し涙も流したものです。

「先生」が自活していくうえでのいちばんの障壁はおそらく「プライド」でしょう。このプライドという実体があってないようなものの、実態はほんとうにやっかいです。

私はこの「プライド」こそが、教員を「先生様」に向かわせる元凶であると分析しています。そして、そのプライドをさらに暴走させるのがこの「先生」という呼び方でしょう。

「先生」という呼称には、自分自身は何も変わらなのに、自分が偉くなったようなというか、重要な人間になったかのように思わせる心地よい何か甘美な響きがあります。教員に自分自身に酔っている薬中のような人が多いのも、この耳にハートにやさしい響きが一役買っているのかもしれません。



再び話を戻しますが、自分で自分を「先生?」「〇〇先生?」ってエラソーで傲慢で高慢以外の何物でもないと私は思うのです。言うのも書くのも(よく寄せ書きなどに書いている人いるじゃないですか?)。自己の職業を他人に紹介するときも普通の良識を持った大人であれば「教師をしております」くらいが普通だと思いますが、先日ある異業種交流会で若い女性が「先生やってます~」といかにも自慢げに他を見下した感じでキャピキャピはじけるような声で叫んでたのにはこちらが恥ずかしくなりました。

このように、自分をどのように呼ぶか~という問題には、自己認識も含め、その人の職業人としての矜持が現れるものなのです。本当に「慣れ」「慢心」というものからは、何も生まれることはないのです。

自分で言っている本人は、自分で自分に酔っているので何も感じないし、わからないのかもしれませんが、私はバカ丸出しでとても恥ずかしいと思います。何か思いっきり勘違いをしているのではないでしょうか? 土台、「先生」という呼び方は「他人」に対する「敬称」であって、自分に使うものではないはずです。教養人たる「先生」がこれでは・・・

世間でいわゆる「先生!」と尊称で呼ばれている、お医者さんだって弁護士、政治家だって自分自身のことを「先生」なんて呼んでいるの私は聞いたことがありません。どうやら教育現場に限っての特殊な現象のようですね。

前に、「先生と呼ばれるほどの馬鹿でなし①」先生は先生をどう呼べばいいのか?~教師同士の呼び方呼ばれ方~で教師同士の呼び方呼ばれ方について詳しく話しましたが、民間からこの世界に入ってきた人たちは特に、この業界の異質さがハナにつくようです。

民間を長く経験して教師になった(私もそうですが)ある同僚はこう言っていました。「教員同士、みんな先生!って呼び合うのって慣れ合いみたいですごく気持ち悪いよね、なんか違和感ある」「みんな、使い分けるの面倒だからかな?」

お互いがお互いを認め合い尊称でべたべた呼び合う空気に、彼は最後まで抵抗し続けました。私の場合、自分で自分をそう呼ばないだけであって、さすがに他人にまではそこまで徹底はできませんでしたが、彼はある意味、潔くカッコよかったです。

なぜって、一本筋が通っていて自分らしさを貫き通したのですから。絶対に他に媚びない人間だったのですが、かといって物腰は柔らかく孤高の存在でした。管理職は「校長、教頭」、同僚は老いも若きもすべて「~さん」、しかし生徒の前ではすべて「〇〇先生」、そして父兄の前で他の教師を呼ぶ際には当然「呼び捨て」・・・と見事にTPOに合わせて使い分けていました。

因みに彼は自分のことは「ぼく、わたし」と呼んでいて、生徒は男女問わずすべて「さん」付けでした。彼の流儀によると、「さん」は敬称であり、「くん、ちゃん」はそうではないそうです。

彼はここまですべてが一貫して徹底していた故にカッコよく、みなからも一目置かれる存在であったのです。かれは「呼び方」にこだわりがあっただけでなく、まさしく教師になるべくしてなった人でした。自分が日陰者、悪者になることを厭わず、絶えず学校、生徒のために見えないところでの努力を怠らない人でした。生徒を含め、他人を悪く言うという「悪口」は彼の辞書にはなく、常に自分に対して厳しくもあったのです。このような彼でしたから、教職員、父兄、生徒からの信望も厚く、悪たれのぼっちゃん、お嬢も彼の言うことには黙って耳を傾けるのでした。

他の教員のことは平然公然と「呼び捨て」にする悪童も彼のことは「先生付け」でした。やはり、呼び方とは、呼ぶ側が「そう呼びたい!」と思ってはじめて「そのように呼ばれるもの」であって、決して強制すべきものではないことがわかります。ましてや、「子どもたちに立場の違いを理解させるために。あえて自分を「先生」と呼んでいる」などとカタチだけ繕うものでなんかないのです。こういう言い訳をする人は恥ずかしいと思います。

「呼び方」で立場の違いを教えるのではなく、そう「呼ばせる」「何か」を自分で身に付けるべきなのです。子どもたちに、そう思わせるような自身の不断の努力が求められて当然です。教師には・・・




このような経験、理由から、私は自分で自分のことを「先生!?」と呼ぶ人のことは生理的に受け付けないのです。たとえいくら立派な人であったとしても。これはあくまでも私の思いであり、一部の危機感を抱いた人たちの考えであることは私も理解しています。何も自己の考えをひとさまにまで押し付けようとしているわけでは決してありませんのでご勘弁を。

退職してだいぶ日が経ちますが、いまでも私を「先生」と呼ぶ人たちがいます。そんな時、私はいつも自分で自分に言い聞かせるのです。

「おまえは、今、本当に「先生!」と呼ばれるだけのことをしている人間か?」・・・と。

繰り返しになりますが、呼び方ひとつでいちいちうるさい・・・という声が聞こえてきそうですが、教師として、自分で自分をどう捉えているか~ということはとても大事なことであり、教師であるならば何よりも「謙虚」であるという「慎み深さ」は忘れてはならないことなのです。

少なくとも「自分を先生!」と呼ぶ人たちからは、謙虚さ、他から学ぶという姿勢は私は感じられません。教師であり続けるのであれば自らを戒め、学び続けるというスタンスが何よりも大切なはずです。

生徒も教師も成長しつづける存在なのですから・・・

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