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ゲーム障害、スマホゲーム依存症があなたの人生を蝕む恐怖!やめたくてもやめられない↓ ガーデンスケイプは中毒になるほど面白いのか?






今回の相談事例はちょっと深刻です。

高校生を持つ母親からの相談~「ここ半年の間、「ガーデンスケイプ」をはじめ、さまざまなゲームに息子が夢中になり、生活に必要な時間帯以外はすべてゲームをやっている始末です。ゲームに夢中になるあまり、朝も起きられず学校を休みがちになってしまい、学校は辞めるなどと言い出す始末です。付き合っている彼女ともここのところ連絡を取っていないようで、母としてどうしていいやら、やはりこれは病気でしょうか?」

お母さんもさぞかし心配でしょう。家族との会話もほとんどなくなり、ゲーム中の「オースティン?」なる人物に向かって何やらブツブツひとりで話しかけているのだそうです。心配なあまり、お母さんも実際に自分でもやってみたそうですが、たしかにそれなりに面白いけれど中毒になるほどのものではないとのことでした。

いまはSNS、ゲームでつながっている人たちが彼の世界のすべてなのかもしれません。

彼の場合、学校にも行けなくなっている状況なのに、自分で「病気」と気付いておらず、治そう、自分を見つめ直そう、生活を見直そうという気など全くないのです。こうなってしまっては、まず自力改善、治癒は正直かなり難しいことを母親に告げました。

本来ならば、専門的医療機関を受診すべきなのですが、ネット依存専門外来受診など本人が自ら出向くはずもないでしょう。

このように、自分で「依存症、中毒、病気」とまったく自覚していないことがゲーム依存症の恐ろしいところなのです。まさに自分、そして人生がスマホに乗っ取られ、支配されてしまった悲惨な状況であり、これから先、何もせず身を任せていれば心身が徐々に徐々に蝕まれていってしまうこと確実です。

ネットで「スマホ 中毒 やめたい」などと検索すれば、いまは依存症を改善するためのさまざまな方法やアイディアが紹介されていますね。しかし、こういった「患者」を救うヒントはネット上にあっても、実際に彼を救えるのは、彼自身とリアルな他の人間だけなのです。

課金なしでレベル1,000にいざ挑戦!

なんでも、クリアしたいがために彼は課金に課金を重ねてもいるとのことでした。そんなに面白いゲームなら私もぜひやってみたい!と思いたち、アプリをダウンロードして実際に挑戦してみたのでした。(ちなみに前回、解約すると宣言したスマホは約束きちんと守りました。解約して今は、自宅Wi-Fiでつないでますがほとんど使わなくなりました。スマホに縛られない生活は快適そのもの!いいですね!)

始めてはや3ヶ月・・・1,000までは、はるかおよばず700どまり・・・それなりにこういうゲームは昔から好きで、結構うまかったと自分で勝手に思ってましたが、これは結構面白くプログラミングされていると思いました。ほのぼのまったりとした(と思わせる)雰囲気もイイ感じです。人気があるアプリなのもなんとなくわかる気がします。

と言いますのも、つくりこみが絶妙なのです。「つくりこみ」と言ってもゲームの面白さ自体のことではなく、課金狙いのタイミング(本当にあとちょっとのところでクリアできない)、ゲーム離れを防ぐための絶妙な難易度の設定、そしていい加減クリアできずやめよう!というタイミングでクリアさせたり・・・ととにかく続けさせるための作り手の工夫、苦労が伝わってきます。

私は1980年代ころからパソコン(当時はマイコンなんて言ってましたね)を買いこみ(SHARP X1MZ-731)、ひとりBASIC、マシン語を「マイコンBASICマガジン」などで勉強し、ゲームプログラムを徹夜で打ち込んで自分でいろいろゲームの難易度を変えたりして遊んでいたのでした。中学生の頃でした。当時は学校の印刷物もすべて手書きのガリ版の時代に、こんなおもちゃで遊んでいた生意気なこどもだったのです。

ゲームで遊ぶということは、作り手の掌中で泳がされているだけだ・・・とこのころすでに悟ってしまったのですから、そのあとファミコンなどの素晴らしい魔法のようなおもちゃがこの世に生まれ出ずるとも決してわたしはハマることはありませんでした。

昔からシューティング、格闘系ゲームが結構好きで、ストⅡ、鉄拳、餓狼伝説、ゼビウスなどのオーソドックスなものも含めて一通り遊びましたが、決して遊んでいるのではなく遊ばれているだけ・・・というのが分かっていましたから夢中になんかなれなかったのです。夢がないですね。

ガーデンスケープというゲームもはじめてこの相談を受けて知ったのですが、ゲームの内容を一言で説明しますと、3マッチパズル+箱庭つくりが一緒になったゲームです。レベルを1つクリアするごとにコインとスターが与えられ、これらを消費して箱庭を徐々に徐々に、本当に気の遠くなるような遅さで庭園が出来上がっていきます。

無料でできるのは5回までで、この5回分すべてをプレイし切ってしまうと、後は30分置きにしかプレイすることはできません。ゲームにハマるよう、やりすぎになるようなこのじらし方、引っ張り方も絶妙ですね。

ただそれだけと言ってしまえば、本当に「それだけ」なのですが、射幸心(しゃこうしん)を煽(あお)る仕組みだけでなく、ゲームそのものの面白さ楽しさのつくりこみもていねいに仕上がっています。まず、グラフィックが拡大しても鮮やかで、自分だけの庭を作り上げていく面白さと楽しさを兼ね備えています。

そして、その庭園自体を構成する各種アイテムも、プレイヤーがゲームを続けていってスターを獲得していくことにより、さまざまなバリエーションのものとカンタンにチェンジできてしまうのです。現実としてありそうでなさそうで、そんなファンタジーっぽい雰囲気のつくりこみも本当に巧みですね。

ゲームを作品としてとらえるなら、ガーデンスケイプのクオリティは高いと言えると思います。このガーデンスケイプのヒットにより、二匹目三匹目のどじょうを狙った箱庭づくり、街づくり、国づくりといった育成タイプのゲームが増えてきたようです。

そして、各エリアごとに数日かけて仕上げていくことによって今、自分がどの程度仕上げているのかが一目瞭然で、プレイヤーをなかなか離しません。さらに、さまざまなイベント(クリスマス、ハロウィン、春節などなど)があったり、他のプレイヤーと競わせたり、グループをつくらせて共闘させたり・・・とルール自体はいたってシンプルなのですが、長く遊ばせるための作りこみがてんこ盛りです。

また、執事のオースティンを中心としたさまざまなキャラとのストーリも、それなりに面白いのですが、しかし、ただそれだけなのです。本当に・・・プレイヤーの意思であったり、ゲームのプレイ内容がストーリーに反映されるというものでもなんでもありません。

簡単、やさしい、いたってシンプルと見せかけて、実は実にディープで難しく。やめたいのにやめられない「何か」が確実にこのゲームにはあります。このゲームを作っている製作チームはある意味、ほんとうにスゴい、そしてコワいと思えるのです。

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レベル700を超えた時点(といってもこれ以上やりませんが)の感想!
ガーデンスケイプがおすすめではない理由

たしかに3マッチパズルはワクワク感とドキドキ感を兼ね備え、クリアしていくごとに作り上げられていく造園、庭づくりの仕事も一瞬「たのしい!」と錯覚してしまいます。くりかえしになりますが、ただそれだけのことなんですね。ヒマを持て余していて時間があってあって仕方ない人の、ほんとうにひまつぶしという言葉がピッタリです。あしたのジョーじゃないですが、本当に後にはな~んにも残らないんですから。

終わった後にはほんとうに何も残りません。あるのは全身の疲労感と倦怠感、目の疲れ痛さ、そして何とも言えない虚脱感と「バカなことに時間浪費してしまった」という罪悪感。たしかに自分がつくってきた(?)(実は作らされたなのですが)庭は、アプリを落として再DLしても続きから再開できてすべて残りますが、小さいスマホ、タブレットの画面だけでの世界のことです、あくまで・・・

これってむなしくないですか?外へ一歩踏み出せば箱庭なんかじゃなく、リアルな世界へ飛び出せるのに、「なんでこんなこと自分やってたんだ?」ってほんとうにクエスチョンですよ。一言で感想を言えば、ただただむなしく、時間がもったいなかった。人生の一部分を失った・・・これに尽きます。

仕事で体験したとは言え、これに費やした時間を考えるとき、とてつもなく空(むな)しくなるのです。だって、このゲームをする時間があれば、リアルでいろいろなことができたんですから。体験とはいえ(実際体験の域を超えてしまいました、コワいですね~)、ここまで自分もドップリはまってしまった怖さがこの種のゲームにはあります。つまり、いったんやりだすと抜け出す・やめるのが難しくなってくるのです。私はレベル725で終わりにしましたが、現在のところレベル2,000以上あるそうです。これ聞いてゾーッとしました。

※今、この記事をリライトしていますが、2020年1月段階でレベル「5,500」近くまできています。運営会社によると、週ごと更新されていて終わりにするつもりはまったくないそうです。~ということは、このゲームが続く限りプレイヤーはガーデンスケイプに縛り付けられることになります。恐ろしいですね・・・ほんとうに恐怖です。

実際にこのゲームをやるまでは、こんなのに(失礼だったらごめんなさい)ハマる人なんて、よほどヒマな人か、ゲームが三度の飯より好きな人種だけだ~と思っていたのですが、考えが変わってきました。普通の人も、あるきっかけでゲーム病に陥っていくものなんだ・・・という認識に変わっていったのです。

実際、相談をもらった高校生もこのゲームをやるまではごく普通の高校生活を送っていたそうです。それが、いまや「ゲームだけがボクをわかってくれてる・・・」なんて言ってるそうなのです。そして、このゲームをきっかけにして、さまざまなゲームに手を染めるようになっていたとのことでした。

実際、私もやってみて分かったのですが、ガーデンスケイプはまったくの課金なし、無料でもある程度、難なくクリアしていけます。それでも課金中毒のスパイラルに陥るほど、ゲームは中毒性があるということなのでしょうか?そして、ゲームにハマり取りつかれてしまう人とそうでない人とに存在する「差」とはいったい何なのでしょうか?

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ネットゲーム依存は立派な「病気」
スマホ依存症も「中毒」という疾患

インターネットゲームなどのやりすぎで日常生活に支障をきたす症状について、世界保健機関(WHO)が2018年、病気の世界的な統一基準である国際疾病分類(ICD)に初めて盛り込む方針であることがわかった。

WHO関係者によると、18年5月の総会を経て、6月に公表を予定する最新版のICD―11で、「Gaming disorder」(ゲーム症・障害)を新たに盛り込む。17年末にトルコで開かれた依存症に関する会議で、最終草案を確認した。

最終草案では、ゲーム症・障害を「持続または反復するゲーム行動」と説明。ゲームをする衝動が止められない▽ゲームを最優先する▽問題が起きてもゲームを続ける▽個人や家族、社会、学習、仕事などに重大な問題が生じる――を具体的な症状としている。診断に必要な症状の継続期間は「最低12カ月」。ただ特に幼少期は進行が早いとして、全ての症状にあてはまり、重症であれば、より短い期間でも依存症とみなす方針だ。

「朝日新聞DEIGITAL」より一部抜粋 2018年1月4日07時30分

上の朝日新聞の記事を見てみなさんはどう思われますか?ここで問題にしているのは、以下の2つのタイプのひとたちです。

①ゲームをやめたいけれど、どうしてもやめられない!

②「やめたい!」「やめなくては!」という意識さえ上らず、どっぷりすべてを投げうってゲームに浸っている。

※②の人で、ゲームをやりたいだけやれる環境にあり、それでほんとうに幸せというのであれば、だれも彼をとめる権利はありませんが・・・

言うまでもなく重症なのは②で、専門的な治療が必要とされています。まだ救いようがあり、今なら何とか引き返せるかもしれないのが①の「患者」さんです。どうしてかと言いますと、そこには「迷い」が存在するからなのです。

「こんなことやっていていいのだろうか?」「いいはずがない!」「でもやりたい!やめられない!」つまり、離れたい~けど離れられない~ちょうどDVの被害に遭っている女性のような気持ちかもしれません。(たとえは必ずしも適当ではないかもしれませんが)

それでは、なぜ「迷い」が心に存在するのでしょうか?それは、時間は有限であり、ゲームに費やすことによって失われ続けていく時間の大切さということをある程度は知っているからでしょう。つまり、ゲームをやらないことで得るもの、できることがたくさんあるということをきちんと理解しているのです。

今回の相談者さんの場合は、何度か電話、メールでやり取りするうち明らかに重症であることがわかり、専門的なケアが必要と判断しました。よって、ネット依存症の専門的治療が受けられる医療機関がある事実を話し、現段階でネット環境を無理やり取り上げることなどは控えることのアドバイスと、できだけ規則正しい生活をするよう指導すること、そして外(光を浴びてのスマホは本来の人間の感覚を呼び覚ますことにつながるらしいです)に連れ出すことを勧めたに留めたのでした。

この高校生だけでなく、2018年度の調査ではゲーム依存で明らかに日常生活に支障を来している中高生はなんと93万人にも登るということです。こうなってしまうと、もはやゲームの時間、頻度などを自己のコントロール下に置くことは困難ではなく不可能です。

専門的な治療を受けなければいけないほど「病状」は悪化してしまっているのに、「たんなる気持ちの問題だ」とかで片付けようとしたり、ルールづくりをいまさらやろうとすることはまったく無意味だけであるだけでなく、更にさらに病状を悪化させることにつながります。

自分を律し、育てていく「チカラ」が失われてしまっているからこうなっているのに、そんなこと今では遅すぎます。

時間はかかっても専門的治療&トレーニングを受けつつ、自己ともう一度真剣に向き合い、自分の弱さを克服していくしかないのです。

それでは、なぜ私はこれまでゲームと比較的接触する機会が多かったにもかかわらず、ゲームに取り込まれることがなかったのでしょうか?

前に私は声を大にして、終わりにしました」と話しましたが、私は自分の意志で「終わり」にすることができました。アプリを削除しても、なぜ再DLしないのでしょうか?それは前にも話したようにリアルの世界でやりたいこと、やらなけばいけないもの、そして面白いものがたくさんあるからなのです。ただ単に、ゲームと付き合う時間がもったいないだけなのです。

先にも話しましたが、アプリを再DLしても、それまでのレベル、並びに環境は引き継がれますので、せっかくアプリ削除しても意志の弱い人だったらやりたくてたまらなくなってしまうことでしょう。従ってゲームアプリ削除は重症患者にとってなんの意味もなさないことになります。

そこで、このゲームときれいさっぱり決別するふたつの方法を提案します。

スマホ、携帯端末をリセット(初期化)する。

ただリセットをかける前に注意しなければならないことがあります。SIMロック解除とアクティベーションロック解除(i-phone6以降)をやっておかないと、その端末を再び使用するとき特にアクティベ解除はかなり困難なものになります。

リセットすることにより、誘惑多き「ガーデンスケイプ」も当然リセットされますのでレベルは「0」からスタートすることになり、やる気はまず失(う)せるでしょう。スマホが諸事情で手放すことはできないけど、なんとかゲームをやめたい!と切に願っている人にはこちらがおススメです。

携帯契約そのものを解除する。(完璧!!)

意志薄弱な人が本気でやめようと思うのであれば、このくらいの荒療治は当然必要です。

繰り返しになりますが、「時間」は「人生そのもの」です。人生という一見なが~い時間は、1秒、1分、1時間という短い時間が集まって成り立っています。この当たり前だけどふだん意識しない事実を、きちんと意識して生活、生きている人がどれだけいるでしょう?大事な大事な自分の人生の一部分をゲームなど(とあえて言います)に切り売りしてしまっても本当にいいのでしょうか?

本当にあなたがやりたいことは、ゲームなのでしょうか?こころからゲームが好きだと断言できますか?ただなんとなく、時間つぶしで、ストレス解消のため~にいつもゲームをする習慣がついてしまっている人は一度、ここらで立ち止まって考えてみたほうが良いかもしれません。本当にゲーム以外にやりたいこと、やれること、やらなければならないことはないのですか?

スマホという魔物の怖さにみんな気付いてない!

電車に乗っても、道を歩いていても、クルマを運転中でも(コレはダメですね)猫も杓子(しゃくし)もみんなスマホ、スマホ、スマホです。そもそも、相談者さんがゲーム地獄におちいったのも、このスマホというデバイスに姿を変えた化け物の存在があったからこそです。

まさか、私の生きがいは「スマホ」をいじくっている時です。なんて言う人はいないでしょう。でもですね、これが、笑えないのが現実なのです。スマホ依存症に取りつかれ、スマホが人生のすべてになっている人が急増中なのですから。

スマホは自分の生活を、よりよくしてくれるツール、手段であって生活、人生の目的そのものには成りえないはずなのに、スマホに自分の時間のすべて、つまり人生を預けているのです。このことに本人は全く気付いていないことがさらに恐怖に拍車をかけます。

機械は本来生活を豊かにしてくれるもののはずなのに、「機械」に支配されている人生を彼らはこれからも歩むのです。せっかく「ひと」として生まれてきたというのに何ともったいないことでしょう。

機械をツールとして使いこなし、便利な道具として自分の支配下における人は、ごくまれでしょう。大多数の人達はこの恐ろしい機械の魅力に取りつかれているのです。

絶えず進化し、その魅力もとどまることを知らないスマホは、これからも人を引き付け、縛り続けていくことでしょう。本当にこれでいいのでしょうか?使いこなせない化け物であるならば、みずから距離を置くということがいまこそ必要なのではないでしょうか?

こんなご時世だからこそ、あえて私は携帯端末の断捨離に踏み切りました。それは「つながっている」ことに疲れたことと、モノを追い続けること、モノに囲まれていることに嫌気がさしたからなのです。

カンタンに言ってしまえば、便利さを捨ててまでもう一度人間らしく生きたくなったのです。

そして、私が決して依存症にならず、スマホとの距離を適度に保てているのはそれは、「つながっていない」価値、つまり人間を成長させる「孤独の時間」の価値に気付いたからなのです。

そこで今回は、私がスマホをやめて(ほとんど)気付いたこと、実感したことを率直に話してみましょう。

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スマホをやめて気付いたこと、感じたこと

自分の時間がとにかく増えた

寝る前のニュースチェック、検索ついでの意味もないネットサーフィンなどに取られていた時間がなんともったいなかったことでしょうか。私はi-phoneの3G時代から使っていたので10年近くも付き合ってきたことになるのです。

スマホと付き合いささげてきた時間を計算したら、怖くなってしまうのでできませんけど。私のような意志の弱い人間はやはり自分から、強制的に距離を置かなくてはいけないのです。

出掛ける時もスマホは当たり前のようにいっしょだったのですが、スマホとおさらばしてからは、「」を持参するようになりました。そのおかげで読書時間が大幅に増え、今月はもうすでに、4冊読破です。うれしい誤算!

スマホをいじくっている人のアラが目立つようになった

街を歩いているとホント、歩きスマホの人を避けて通るのがうっとおしいくらい。彼らは自分の世界に入っているので、まわりへの配慮など一切ないですね。大きな事故にならないといいけど。

歩きスマホの人が接触事故に遭う危険性もさることながら、余りにも無防備でいるためさまざまな犯罪に巻き込まれているようです。

飲食店に入って身なりのキチンとした女性が、肩ひじついて片手でスマホをいじくりながらごはん。げんなり・・・

せっかくのカップルでの食事のひと時・・・ああそれなのに、二人はそれぞれ自分のスマホに夢中で会話もありません。ごはんが来ても、二人はなおスマホとにらめっこしながら食べるのです。その様子といったらまるで動物がごはんを喰らうように、貪り食う~という表現がぴったりのおぞましい風景でした。ああげんなり・・・

恐らくこの姿を自分でみたら恥ずかしくなると思うのですが。

私は出張も多く、首都圏に出掛ける時は車よりかは電車もよく使うのですが、先週こんな人を見かけました。スーツでビシッときめたビジネスマンが、スマホの画面に顔をビッタリと付け一喜一憂しているのです。

時たま、人目をはばからず、「ヤッタ!」とか「ヨシッ!」などの奇声を上げていたから恐らくゲームか何かをやっていたのでしょう。いい年をこいた大人が・・・あまり誉められたことではないですね。

やはり公の場では大人だけでなく子どもであっても、それなりのふるまいというものが要求されて然(しか)るべきなのではないでしょうか?日本という国の良さがどんどん失われていくようで何とも寂しいですね。





人間関係の断捨離が進んだ

実際これが、私には一番よかったです。「つながっている」という幻想的でバーチャルな関係の人たちとの付き合いはやはり、うわべだけ、表面的だったということが分かったのです。それでも残った人たちだけが、ホンモノでした。

それに伴い、ネット上だけの付き合い、ストレスから解放され、清々、スッキリしました。「つながらない」しあわせもあるのです。

そして、自分と向き合う時間、本当に一人きりの時間が増え、あらためて自分を見つめ直すことができたのです。

※「若者こそ断捨離そして終活・生前整理を~モノ・しがらみのスリム化はあなたに何をもたらすか?~

情報の取捨選択がうまくなった

短い時間で自分にとって、本当に必要な情報を得るためには、効率的にやらなくてはいけません。そのため、時間の使い方もうまくなり、スキマ時間も愛おしく感じるようになったのです。時間を更に有意義に使うようになったのは言うまでもありません。

テクノストレスとおさらば!

気のせいか、寝付きと目覚めがよくなったのです。考えてみれば人間も自然の一部であり、動物なのですから当たり前ですね。本来、アナログな人間がスマホをいじくっていること自体不自然なこと。自然の中に身を置き、なにかをしようとせず、地、天の声をただただ聞き続けるのです。何か忘れていた大切な感覚が呼び覚まされ、生きていることを体感できるでしょう。

眼の疲れ痛さ、頭痛が軽減

仕事柄PC等の機械を使うことが多く、眼精疲労、肩こり、腰痛、頭痛に悩まされてきましたが明らかに、ラクになってきたのです。これまた意外な副産物でほんとうにうれしいです。やっぱり健康っていいね。

スマホなしでもぜんぜん困らない

LINEも他のSNSもパソコンでできますね(あまり実際PCでやっている人はいないと思いますが)。読書、マンガにしたってやっぱり紙で読むのが好き。電車乗り継ぎだって事前に調べればいいこと。検索だって同じ事。GoogleMapが使えなくたって何でもないです。

むかしは、こんな摩訶不思議なキカイなんてなかったのですから、なくてもなんとかなります。なんとかなってしまうものなのです。


機械に支配され、時間に流されるのではなく
機械と時間を操る側にまわることの大切さ

あまりにも便利になりすぎた私たちは効率を求めるあまり、失ってしまったものにもっともっと気付くべきです。まわり道の良さ、段取り力の低下・・・道草をいっぱいくって見つけたもの、気付けたこと~むかしはもっともっといっぱいあったはずです。

要は考え方次第なのではないでしょうか。自分が何を優先させ、何が大切なのかを考えれば、機械との付き合い方もおのずから見えてくるでしょう。人生劇場の時間は無限ではありません。時間の使い方、ツールの取捨選択からすべて、決めるのはあなたなのです。あなたしかできないのです。

「スマホ依存症」「スマホ中毒」などといいたものものしい名前がついていますが、こちらは立派な疾病として認定され(専門的なケアが必要なため治療化されている)ている完全な病気です。疾患であるならば早いうちのケアが必要であり、個人レベルでまして自分でなんとかなる~といったシロモノでは決してありません。

デバイス中毒、ゲーム依存などは決して侮ってはいけないのです。こういった依存症に陥り、大切な人生の時間の大半を失ってしまった人たちもまた、この便利だけど恐ろしくもある機械が原因で転落が始まっていったのですから。

SNSにしたって私の場合、やればやるほど疲れるし、ストレスが溜まりまくりです。ビジネスの一手段として活用するのならこれほど便利なものはないでしょう。しかし、他人のタイムラインに煩わされ、いちいちコメントを返すのは本当に面倒くさいし、何よりあまり面白くないです。

特に現代のこどもの多くは「つながり症候群」なのです。そんなに誰かとつながっていなくては怖いのでしょうか?自分に自信がない、自分というものを持っていないから自分以外とのつながりを求めるのでしょう。

100年後のことを想像してみました。恐らく今を生きる人のほとんどはあかちゃんを含めこの世にはいないですね。

自分が死ねば骨となり土に帰る。その時、つながってたあの人もまたこの世にはいないのです。私は、何か自分が生きていた~といえる「価値」を残してから死にたいと思うのです!

今こそ、私たちは機械との付き合い方を考えるべきなのではないでしょうか?この機械(機会)を活かすも殺すも私たち次第!

早く新しい価値、世界に気付いて一歩踏み出して!

私は「ゲームの何もかもすべが悪い!」などと言っているのではありませんし、そんなことは言えません。ゲームとの距離を適当に保ちながら、自分の生活を大事にして楽しんでいる人はたくさんいます。いくらゲームが好きであっても、自己をうまくコントロールできる人にとっては何の問題もないでしょう。

でも、どっぷりのめり込んでしまい、ゲームが生活のすべてになっている人はやはり病気であり、自分の人生とゲームについて真剣に考えなくてはなりません。まさにゲームが麻薬のように、宿主の人生を喰いつぶしてしまうのです。

こういった人はやはり専門的なケアが絶対必要です。ケースや人にもよりますが、荒療治が必要になってくる場合もあるでしょう。まだ病気の手前一歩で、他人の力を必要としない段階なら、前に述べたように思い切ってスマホと決別してしまう方法もよいかもしれません。

スマホ、SNSに煩わされることのない毎日は本当に快適で、自分で自分の人生を生きているって実感できます。本当にたくさんの時間ができました。昔のことわざに「この本を読めば、あの本は読めないのだ!」というのが確かありましたが、本当にそうなんですね。「なにかをやる!」ということは、何か他のことを犠牲にしていることなのです。

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ゲーム・・・あなたのこれから出会うべき価値、新しい人との出会いのチャンスを犠牲にしてまであえてやる価値があるものなのでしょうか?私には正直、ゲームなどしている時間はまったくありません。私に残された時間はそう多くはないのです。まだまだ学ぶべきこと、やり残したことがたくさんなのです。

私は仕事のかたわら、創作活動もしていますが、自分で一から何かを創り出すこの喜びを知ってしまったなら、おそらくゲームなどまったく興味がなくなってしまうことでしょう。繰り返しになりますがゲームは所詮、他人が作った土台の上で遊ばされているだけなのです。そして「遊ばれている」だけでは、この世のなかに何ら価値を産みだすことは永久にありません。

本当にゲームが好きなのであればゲームを創り出すほうにまわってみてはどうでしょうか?もしくは、とことん突き詰めて、ゲーム評論家&パワーブロガーなんてのも突き抜ければすごいかもしれません。

どうしてもゲームが好きで離れられないというのであれば、ただ単に時間と労力を消費し疲れ切ってしまう損な役にまわるのではなく、価値を産みだす「創り手」になってしまうのが賢いのかもしれません。ゲーム関係の仕事に就いている人は例外なく超のつくゲーマーだそうです。

学んで創作して自分が成長していくよろこび・・・これはゲームでは絶対に味わえません。まったく次元の違う世界なのですから。今まで楽しんできたことをやめる・・・という決断は勇気がいります。そしてそれを実際に行動に移し、持続させていくということはもっとたいへんです。

しかし、変わろう!とするスイッチひとつで、今、この時から変われるのです。それはあなたの心ひとつにかかっていることなのですから。

自分という唯一無二の存在が大切なのか、それともやっぱりゲーム、スマホが大事なのか・・・決めるのはあなたしかない!!のです。

関 連 記 事・情 報

※「生徒指導とネット社会~教師は生徒にスマホとのつきあいをどう教えていくべきか?~

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そして、結論!

機械はあくまでも機械!

ツールの奴隷になってどうする!?

使いこなせないのであれば、やめることも選択肢に!

スマホは決して必需品なんかではない!

いまこそ、自分の時間と自己を取り戻そう!

でも、「病気」の場合は専門の医療機関へ













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