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教師のアルバイトが禁止されているワケ~働き方は自分次第!静岡50代副業中学教員考~

現役時代の10年以上の間、教師がアルバイトをやる~などという発想自体、私の頭の中ではとうとう湧いては来なかった。というよりも、そのような事を考える余裕そのものがまったくなかったのだ。

非常勤講師の先生を除いて、教師の副業は原則禁ぜられている。「それはなぜか?」という素朴な疑問はいったん置いておいて、教員が副業に走らなければならないようなひっ迫した状況は異常である。

だって、かなり思いっ切った贅の限りを尽くしたり、かなりの額の借金をこしらえない限りはお金の面ではそれなりに満たされているから。そもそも普通に教師稼業をやっていれば、そのようなアルバイトに割く時間など一時(いっとき)もないはずである。寝食の時間を削りに削るか、スーパーマンでない限り。

私がこのニュースを聞いてちょっと興味を持ったのは、アルバイトを5年間「続けた」という事実よりも「続けられた」という彼を取り巻く環境、そして本人の心境に対してなのである。この点については本人のみぞ知ることなので無理なので、今回はこの先生が私たちに今、投げかけているものを考えてみた。








実は、私のまわりにもいた副業先生

実家が農家、お店などやってて土日フルにお手伝い、お寺の住職も兼ねていてツルツル頭のお坊さん先生、ネットで教師道を発信し続け自分のコミュニティーも運営、体育教師が土日の午後、柔道の先生として武道館で指導・・・挙げればキリはないが私のまわりに限ってはこのようなある意味スゴい人たちは結構いたのである。みなさんのまわりにもそれなりの副業先生はきっといるはずである。声高に言わないだけで。

このお坊さん先生と柔術家先生はキチンと学校に届けていて「許可」をもらった上で堂々と二足の草鞋を履いていた。ご存知のように教育公務員は任命権者の「許可」を受ければ「教育に関する仕事」に就くことができる。逆に言うと許可なしでのアルバイトはダメなのである。

なぜお坊さん先生がOK!なのかは私にはよく分からないが、お坊さんは人の道を説くから教育に関係するのだろう~と勝手に自分で納得している。彼は言動で生徒を動かすのではなく、彼の発するオーラで子どもたちを突き動かしてしまう不思議な「何か」を持っていた。いろいろな人間、教職員、こどもがいて許されるべき場所が学校であるので、彼のような人間も貴重であろう。

一方、これはアウト!だろう!というアルバイトを密かに(みんな知っていたが)やっていたトンデモ教員もいた。彼は土日に婚活&出会いプロデュースパーティを主催し、かなりの収益を上げていたという。何でも学生時代からその種のバイトでならし、そのノウハウをすでに身につけていたので、まったくの他人を多く雇い実際の業務は彼らにすべて任せていたとのことである。おまけにバレないよう、他府県まで越境して絶えず複数の県で営業していたというのだから筋金入りである。

さすがにここまでくると、「教員など辞めて、そっちを本気でやってください!」って話になってくるが、案の定、彼は今、教員辞めて自分のビジネス道まっしぐら~と風のうわさに聞いた。

サブはあくまでもサブなのである。本業を脅かしたり、まわりに悪影響を与えてしまう副業、アルバイトが許されていいはずがない。




それでは、どのような副業がダメなのか?

① 教育公務員の信用を傷つけ、不名誉になるようなもの

② 職務上、知り得た秘密を漏らすようなことになってしまうもの

③ 職務に専念できなくなるようなもの

どのような内容、業種業態のアルバイトがダメ!とはキチンと明文化はされてはいないが、このように規定されている。ここでいちばんあいまいになってくるのは「①」であろう。どのようなものが「信用失墜」且つ「不名誉」なものに該当するのかなど、教師ならば自分で考えろ!という事か・・・

これまで、大々的に不動産会社、風俗店などを営業してきたトンデモ先生が懲戒の対象となっている。それでもやるのなら、バレない程度に細々と、遠慮がちにコソコソやってくださいね~ということなのであろう。

それでは、今回、静岡コンビニアルバイト先生の「何」がダメで懲戒対象の減給処分となったのであろうか?

最初はたいへんな、コンビニ店員の仕事

もう一度今回のニュースをおさらいしてみたい。静岡県の50代中学校教諭が、2012年から今年3月までの間、中断はあったもののあわせて5年もの間、主に土日の深夜にコンビニでアルバイトに従事していた~というもの。

コンビニ店員さんという仕事はやったことのある方ならわかると思うが、想像以上にたいへんな仕事である。(最初の半年くらいは覚えることだらけ、そのあとはパターンが決まっているので比較的ラクになる)私は教職に就く前の学生時代にスリーエフ(最近、無くなったときいているが)というコンビニで一年とちょっとバイトしていたことがあるのでその大変さ辛さ、働き甲斐はちょっとはわかるつもり。

それも私の場合、現在みたいにネット時代でなく、さまざまな機能がコンビニにまだ集約されてはいなかった時代のことである。それでも結構、覚えることがたくさんで大学の勉強そっちのけでバイトマニュアルを読みふけった記憶がある。品出しオンリーという募集であったにもかかわらず、ありがちだけど結局何でもやった。検品、廃棄チェック、レジ、おでんや揚げ物の調理、清掃、POPづくりにいたるまで何でもあり。辞める直前には発注の一部まで経験させてもらった。

この仕事など、先を読んで発注をかけないと大量のロスを抱え込むことになるのでいつもヒヤヒヤ。コンビニ店員は天気に敏感だとよく言われるけれど、ほんとうにその通りだと思う。

静岡先生は深夜勤務だったらしいが、どこのコンビニでも結構この時間帯は納品が多く、それなりに忙しいと思う。そのうえ土日の深夜は若い人が多く、結構客層も悪かったりする。いわゆるマニュアル対応がかなわないパターン、アクシデントが出てくるのだ。

つい先日も、深夜コンビニバイトの男性がお客さんにつり銭のことでクレームをつけられ、うまく処理できずにあろうことか投げ飛ばし、頭を床に打ち付けて重体にさせてしまった事件があったではないか。私もヘルプで幾度となく深夜シフトを任せられたことがあったが、ホントよくこれだけいろんな人がいるな~と思うくらいバラエティに富んだ人たちと会うことができた。

長時間立ち読み禁止なのに、2時間も3時間も折りたたみいす持参で何冊も漫画雑誌を奇声を発しながら読了し、何も買わず立ち去る人(それも違った意味での常連)、レジを通す前に店内商品を食べだし、食べた商品の一部しかお金を払おうとしない人、塾帰りであろう中学生の集団が店内で追いかけごっこを始め風のように去っていく(これなどいつものことなので塾からの帰り道としてコンビニを使っていたのだと思う。)店外に出た後、つり銭が足らないとクレーム、長時間店内に居座った挙句、殴られ警察沙汰になったこと、いつの間にか店のウィンドにスプレー缶を吹き付けられたこと、敷地内でのクルマと人との人身事故・・・数え挙げたらそれこそキリがない。

このように深夜バイトに限らず、コンビニ店員にはその場その場に応じたフレキシブルな対応が結構要求されるのである。決して誰にでもデキるカンタンな仕事なんかではないと私は思う。まちがいなく、自分のペースでトロトロやっていてはクビになる仕事。朝に夕方、いつの間にか学校に来てて、そしていつの間にかいなくなってる最低限の自分の仕事もこなせないリーマン窓際教員には、まず務まらない仕事である。

なにしろ、「私はこう見えても教師です!」などという安っぽいプライドを持ち合わせていたら一瞬でイヤになる仕事なのだから。お客さんはまず十中八九「買ってやってる」って思ってるし、「自分の方が上、あんたは下」と勝手に思ってる。それなのに、学校のように感謝されたり、尊ばれたりすることなんてほとんどないというかまったくない・・・

それでも、学校勤務では得られないカラダをひたすら動かして、今この一時に集中して仕事をする~という充実感はある。もしかしたら、コンビニのこんなところに静岡先生は惹かれたのかもしれない、と私は勝手に思った。



5年間もの間、コンビニと学校勤務を両立?
させたスゴさ?!

教諭を懲戒処分に付した市教委は、コンビニ業務に従事した理由を「個人の生活上の問題」として明らかにはしていないが、週末だけとはいえ、なぜこの先生が5年もの長期にわたって学校とコンビニの仕事を両立し得たのか考えていきたい。

彼がこの5年で得たバイト収入は約「3,000,000円」、私が38で辞めた時の半期分のボーナスが総支給額で約「900,000円強」であったから50代の静岡先生はほぼ間違いなく一回のボーナスで「1,000,000円」は受け取っていることと思う。

ボーナス3回分の「3,000,000円」を得がたんとするために、5年もの間土日の深夜の自己の頭とカラダをコンビニに縛り付けられていた・・・この事実はいったい何を意味するのであろうか?

普通に考えてみて、彼がバイトをやっていた理由はやはりどうしてもお金が欲しかったのだろう。そう私は思う。1ヶ月当たりにするとわずか50,000円の上乗せのお金がどうしても必要なひっ迫した「個人の生活上の問題」があったに違いない。教師道を続けるうえで、民間意識とのズレを修正する必要があるため、あえてコンビニバイトを選んだのだ・・・などとは到底私には思えない。

ましてや、学校の仕事を人並み以上にこなし、本当にギリギリの余った時間をコンビニに費やしていた・・・とも考えられない。



教師という決してラクではない正業に就いていてなお、アルバイト、副業をやるには時間と体力、そしてそれなりの覚悟がいる。かれの校種はいちばん過酷、激務と言われる中学校、しかも要職に就いている人の割合が多い50代・・・

憶測だけで当然言い切りはできないが、彼は要職などには就いてはいなかったのではないか、いや就かせてもらってはいなかったのではないかと思うのである。本当にギリギリの必要最低限のことしかやらない、やれない教員というはどこにでもいると思う。何らかの事情があって彼をそうさせたのではないだろうか?

担任、部活動顧問、各セクションの部長クラスなどやっていれば、まず土日、平日勤務時間外であっても常に臨戦態勢である。ほぼプライベートの時間は学校、子どもたちに持って行かれてしまう。それがいいことなのか悪いことなのかは、制度上、個人の価値観の問題なので深入りはここではしないが、それが学校という場所であり、教師という仕事だ。現状では。

それにしても、月曜から金曜は学校、土日深夜はコンビニバイト~という休みのないつながった一週間を長期にわたって繰り返してきた静岡先生の忍耐力はスゴいと思う。みなさんも経験があると思うが、土日を部活や出張、休日出勤で全部持って行かれ、一週間と次の一週間がつながると疲労、倦怠感が倍増する。

この先生のバイタリティ、他の先生方がやったこともないような二刀流の経験を本業にすべて注ぎ込んだら・・・と思わずにはいられない。

教師の給与は本当に割りに合わないものなのか

前に「教師の給料は安い?高い?教員の給与から働き方改革を考える~高給取り!されど使う時間なし?!~ 」で教師の労働と対価について考えてみたが、詳細はそちらを聞いていただくことにして当時の私の年収の≒「7,000,000円」を総稼働時間の≒「4,224時間」で割った時給が「1,657円」と算出された。

これは、一か月あたり「352時間」稼働、平日16時間勤務、土日8時間勤務~と当時の私の勤務実態をもとに計算したもの。勤務時間が長いから仕事やってる、スゴい!なんてことではなく、学年主任、教科長、運動部正顧問などを兼ねていれば(大規模校であれば学年主任は普通、運動部顧問は持たされたとしても「副」にしてもらえると思うのだが・・・)、これでもまだまだ時間が足りないくらいであった。

自分のすべてを学校に捧げているこのような状態であって、この時給「1,657円」という対価は妥当なのであろうか?当時の私の状況、心境では「どうでもいい」という感覚であった。実際、お金を使うという発想もなかったし、そもそもそのような時間がなかった。

人と比べることはよしとはしないが、この際仕方ない。いつの間にか学校に来ていて、人知れずいなくなっているいわゆるリーマン教員の時給は、一日8時間勤務(土日当然完全休日)、月間労働時間は160時間、年間総稼働時間は「1,920時間」である。(長期休暇中は許される分はフルに休むのでさらに減るが、ここでは差し引かない)

これを同じ「7,000,000円」で割ると、「3,645円」と出るのである。一日学校にいて約「25,000円」・・・

今回の静岡先生のニュースを聞いて、学校の実情を知らない人たちが「副業くらい認めろよ、それだけ学校の給料が安いってことだろう?」「アルバイトのどこが悪いってんだ?」「誰に迷惑をかけているわけでもないし、むしろ人の二倍働いてるんだから、ほめてあげたいくらい」・・・などと言っているが私は思いっきり的を外した発言であると思う。

カンタンに言ってしまえば、「教師」としての給与には「?」が付き、「教員」としての対価は思いっきり高すぎる。これに尽きるのではなかろうか?もちろん受け取り方、感じ方はひとさまざまであろうが・・・

なぜ?教師のアルバイトは禁止されているのか?

今回の静岡先生は、私たちにあらためて教師の仕事のたいへんさ、かけがいのなさを教えてくれたような気がする。

やはり、教師の仕事というものは「生業」であると同時に「正業」であり、そして「聖業」でもあると私は思う。安易な気持ちで、ちょっと片手間に~などと言いながらできる仕事ではない。

「中途半端な気持ちでやってもらったらいけませんよ」「そのぶん、お給金ははずみますから」「ドッシリと腰を据えてやってもらうために、福利厚生バッチリにしてあるんですから」「おまけに退職後も安心なのですから、がんばってね」・・・

お上のニュアンスはこのような感じだと私は思う。つまり教職というものは永くというか退職のその日まで、ずっと続けることを前提としたものであるということである。私のように身体を壊したとはいえ、自己都合による退職などは異端中の異端なのだ。




もらえるものだけ最大限もらっておいて、最低限の仕事だけをこなす教員の道を選ぶか、それとも教師道を突き進むか、どちらもそれぞれの生きる道だと思う。どちらを選んだとしても誰も否定なんかしないし、できない。教師、人としての矜持、在り方が今こそ、問われているような気がしてならない。

いくらやってもやりきれない仕事の奥の深さと、一生続く学びの姿勢・・・こんな仕事に就いてしまったから、いや就くことができたからこそ、家庭を持つことをあきらめ一生独身を貫き通した先輩の話は前にした。一生を賭けるに値する仕事であると、教壇を去ったいまでも私は思っている。

余談であるが、彼がまじめにコンビニで働いている様子を見かけて通報したのは、ほぼ間違いなく学校関係者であろう。通報先が教委なのである。教師の任命権者がどこであるかちゃんとわかっているのであるから、一般の部外者であるとは思えない。

誰が通報したのか分からない、この先生の心中を察すると実にツラい。学校での人間関係がうまく言っていたのであれば、見逃してもらえたのかもしれないが、この先生もまた孤独でああったのであろう。処分を受けた後、この先生が残りの教師人生をどのようなかたちで全うするのか分からないが、ぜひぜひコンビニバイトで培った経験を現場に活かしていただきたいと思う。

学校の外にも世界は広がっている~という当たり前の事実をわすれかけている先生が多いのであるから、コンビニ先生は全くをもってして本当に貴重な人財である。とりあえずは、コンビニ先生、アルバイトお疲れ様でした。













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