教師を志す人へ 教育・教師 相談ケース

宿泊恐怖だけど教師になれる?リスク、不安だらけの学校宿泊行事!それでもやったほうがいい理由

「修学旅行以外に、教員の仕事で泊りがけになる行事はどのようなものがありますか?」

「わたしはもともと、自宅以外の場所ではなかなか眠ることができなく、枕を変えるだけでもうダメです。」

「こんな人間でも教師になることはできるのでしょうか?これからが不安です」

今回の質問は久しぶりに教員志望の学生さんから(といっても社会人&通信制大学学生さん)。ほんとうはもっと長く、過激な表現もあったのですが、彼女の訴えを要約するとこんな感じです。

彼女の相談のついでに、今回は学校における宿泊行事のデメリットをも上回るメリットについていっしょに考えていきましょう。








宿泊行事は修学旅行以外にもいっぱい!の現実

校種、教科によってももちろんまちまちでしょうが、結構あるものですよ。

私の場合、こういった宿泊有り無しにかかわらず、学校行事、イベントが大好きだったのでむしろ少ないと感じたくらい。でも、こういうのはちょっとニガテ・・・できるだけプライベートを大事にしたい、子どもたち、教職員と寝食をともにするなんてまっぴら!という人だってもちろんいます。いて当然ですよね。

いろんな人間がいてこそ、学校ですものね。

でも、学校勤めでは「宿泊行事」が嫌いだとけっこうたいへんかもしれません。というか、かなりの負担になっちゃうでしょうね。心身共に・・・

私の校種は高校で、分掌は生徒会担当などが長かったのですが、思いつくところを挙げてみましょうか?因みに私の経験校は、私立公立校、定時制、通信制を含めると6校ですが、定時制、通信制を除くとみなだうたい同じ感じでした。

① 修学旅行(高校は3泊4日~5泊6日くらいが多いですね)

② 部活自主合宿(校地内に合宿所があったので、年に3~4回程度、1泊~2泊程度、さまざまな部活動顧問が合宿をやっていました)

③ 部活動引率(県大会以上の大会引率の場合は、たいていは宿泊になります)

④ スキー合宿(生徒会主催で全校生徒から希望者を募るのもので、2~3泊程度)

⑤ 生徒会リーダー研修会(各クラス委員と生徒会役員の合同研修会、生徒会顧問教師以外にも各担任に引率応援要請がでます)

⑥ 5年研、10年研などの「経験者研修」などは、たいてい「教育センター」などにみな集められて教育主事を中心としたお上(かみ)から、さまざまなレクチャー、そして各教科に分かれて分科会、研修などがビッチリ)もちろん、「初任研」(初任者研修)の場合も同じです。もちろん泊まりになる研修もありますよ。

⑦ 各校合同での宿泊交流会&体験学習

⑧ 教育研究会、それぞれの部会に分かれての研究会(県内からそれぞれ一か所に集まってくるので、遠方から来る場合などは当然、宿泊を伴います)

⑨ 宿泊飲み会(小さな学校で、教職員ほとんど全員参加の半強制宿泊飲み会。毎月この「旅行」のために給与から強制的に引き落としになっているのですからコワいです)

⑩ トラブル発生時(これは教育困難校ではよくあることです。生徒の問題行動、犯罪行為等で警察がらみになったとき、生徒指導担当、学年、担任は安穏とおうちに帰ることなんてできませんもの。)

どうでしょう?思いつくだけで結構な数です。子どもがからまない宿泊もけっこうあるでしょう。これらは行事ではありませんが、教員の場合こういった宿泊を伴う研修類が結構あったりします。そういえば、修学旅行の下見なんていうのもありました。

これら以外にも私の場合、もっともっと実はありました。クラス開きが終わってすぐ「勝手に宿泊遠足(近場)」(もちろん、管理職、家庭の許可は取ります)をわがクラスでやってしまうのは常でしたし、夏などはちょっと離れたコテージなどで「クラスでお泊り」行事を生徒に仕切らせてやったものです。

その他、どうしても学校で終わらせなくてはいけなかった仕事のため、管理職の許可を取り、校舎内ではなく(機械警備がかかってしまうため)、体育教官室で徹夜で仕事をしたこともありました。



楽しんでしまう!という余裕
そして「慣れ!」
正直、これしかない!

教壇に立つようになると、このようにかなり枕を替えて寝ることになります。今回の相談者さんは相当ビビッてしまったようですが、嘘をつくことはできません。

事実を事実として認識し、「それじゃ、どうしようか?」と考えを練り、行動に移していくのが教員になろうとしている人間のすることだと私は思います。

極端なはなし、極度の神経症などの病的なケースを除いて、気持ちの持ちよう。そしてこれがダメならば場数(ばかず)を踏んでいくうちに自然と何でもなくなっていくということです。

土台、こういった児童生徒がらみの宿泊行事時などは引率教員は昼間こまねずみのようにあくせくし、夜はそれはもうグッスリです。修学旅行時のように大勢になってくると引率教員は夜、寝るのもままならないことだって、学校によってはきっとあることでしょう。

実際、私の修学旅行引率時など、生徒が旅行先で他校生とケンカになり警察にお世話になることになって夜、2日間眠ることができなかったということもありました。この時など、慢性的な疲れでもっぱら睡眠は移動時のバスの中でとってました。

案ずるより産むがやすし~とも言うじゃないですか。

あれこれ心配する気持ちもわからなくはないですが、やってみる、続けていくことで状況が変わることもあるのではないでしょうか?

それでも心配であれば、教員になってしまう前に、これまた場数(ばかず)を踏むことです。いろいろな場所に出かけ、まずは一人旅、そして2人3人、そしてグループとだんだん人数を増やしていき、最後はマイ枕持参なしで眠れるようになるまで「トレーニング」していってカラダを強制的に慣らしてしまいましょう。

こういった努力をすることもしないで、「だったら教員になるの辞めます!」というのであれば、あなたの「なりたい!」という思いはそんなものだったのですね~ってなってしまうのです。

もちろん、お医者に診てもらってそれが病的なものであれば、相応の治療から始めていくしかないのは言うまでもありません。

入職すればわかることですが、教員はチームプレイの部分もありますが、おおむね「個」に頼ることのほうが非常に多い仕事と言えます。

自分のことは自分で処する、基本、他に迷惑はかけない(この考えがいいとは言い切れません。今こそ、教師の同僚性が求められている時代だからです)、かけられない・・・このような考えが教職員間の根底には必ずあります。早晩にこの環境が変わるとは私には到底思えません。

なぜなら、教師の殺人的な日常の忙しさを前にしては、他人をかまってあげたくとも、お互い構ってなんかいられない厳しくもさびしく、そして切ない事情があるのです。教職員の心身の健康に配慮する義務がある管理職でさえ、その余裕さえ失くしているのが現実なのですから、「それくらい(?)、なんとか自分でやってよ!」で片付けられるのが関の山です。

かなしいことですが、ある意味、仕方のない部分もあるのです。

こういった職場に入ろうとしているのですから、入職者の意識もそれなりのものが求められるのです。



宿泊行事に潜むそれなりの問題!

普段と違った環境で、そこならではのコトをやるわけなのですから、いろいろ問題やトラブルが起きても不思議でもなんでもありません。

むしろ教師であるならば、こういった不測の事態に最善の行動が取れるよう普段からの不断の努力が求められて当然です。イザ!起きてしまってからあたふたするなんてあまりスマートでないばかりか、かえって問題を大きくしてしまうこともあるのですから。

これも私の狭い経験上のはなしになりますが、けっこうあるものです。

① 子どもの健康上の問題

親御さんから大事なこどもを短い期間とは言え預かるのです。心身屈強な子どもばかりではありません。

たべもののアレルギー、過呼吸、熱射病など当たり前、そのうえ持病を抱えて薬持参で参加する生徒なども当然いるのです。引率だけでもヘロヘロなのに、こういった子どもたちへの目配り心配りも当然、教師であれば求められるのです。

② 旅行先での生徒指導上のトラブル

これまた挙げだしたらキリがありません。旅行先からの無断帰宅、脱走、行方不明、門限破り、生徒同士のトラブル、金銭紛失、異性交遊問題、旅行先での窃盗・・・果ては女子生徒が成人男性に連れ去られそうになった事案までありました。

自分のクラス、部活の生徒のみだったら、自分の事前指導も行き届くでしょうが、一学年400人近くも引率してまわる修学旅行の場合など、授業にも入ってない子どもを指導しなくてはならない時など、その教師の人間性、そして人間力が問われますね。

③ 家庭、家計の負担がハンパない

お金がない人にとって、この世の中はほんとうに冷たいです。お金があればなんでもできるワケではありませんが、お金がないとできないことはけっこうあるものです。いくら工夫してもがんばっても・・・

担任や部活顧問をやっていてツライのは、貧窮家庭から各種徴収金、納入金の催促をすることです。これはまえにも話しましたが、間違っても「一時立替」などはしてはなりません。ここでは立ち入りませんが、初任の頃の私の失敗から、これは断言できます。

なんの解決にもならないし、問題の先送りになるばかりか、その家庭に悪影響を及ぼす愚策と言えます。当時の私は若く、未熟でした。教員の思い上がり以外の何ものでもないことに気付かなかった(気付けなかった)のですから・・・

④ 教員の負担も半端無いですよ

ただせさえ忙しい毎日・・・こういった宿泊行事にかかわる準備、事務などの些事の負担がけっこうきます。ジワリジワリと教師を蝕んでいきます。

準備だけではなく、教員は当然宿泊行事を引率します。そして「24時間勤務」です。振り替えの休みなどカタチだけのものはあるものの、取れたためしがありません。副担任であっても引率の希望がほとんどないというのもわかるような気がします。

その他、学校長、養護教諭不在(よく高校の修学旅行には校長が一緒にくっついていきますよね。)になる問題などがありますが、宿泊を伴うイベント、行事にはそれなりの面倒な事、リスクが付きまといます。

だからといって、こういった宿泊行事すべてを無しにしてしまうことには私は賛成できません。そうですね。




それでもやっぱり、やったほうがいいわけ

たしかに、これらの宿泊行事がすべてなくなったとしたら、教職員はどれだけ助かることでしょう。

宿泊行事を行うことにより学校サイドの負担が増大するだけでなく、「子どもたちが不安になる、これをきっかけに不登校になった、相性の合わないものと24時間一緒なんて考えられない・・・」などのネガティブな意見が家庭側から出ることになるかもしれません。

しかし、学校に学習以外のしつけ、マナー、礼儀礼節など人格形成にかかわる重要な部分を要求している家庭は案外多いものです。

もちろん、普段のルーム、授業の中でも多くの教師がこれらを実践していることでしょう。しかし寝食を共にすることでしか得られない、体感できないものというものもあるのではないでしょうか?

実際、卒業文集、同窓会などで子どもたちが、いちばん想い出になった学校での出来事に真っ先に挙げるのがこれらの宿泊行事なのです。私もけっこう強烈な印象で忘れたくても忘れなれないものから、ステキな想い出まで実にバリエーションに富んだ出来事がこれでもか!というくらいありますよ。

これらの宿泊行事は生徒に負担、リスクを負わせるだけでなく時にガス抜きになったり、学校生活に変化、気付きを与えてくれる重要なものです。

そこで失うもの、負担ばかりを気に病むのではなく、それ以上の得られる「何か」に目を向けるべきでしょう。

いくら教員の負担があったとしても、子どもたちの記憶にずっと残るような「思い出づくり」のためならば、骨身を惜しまない先生だっていっぱいいるはずです。



私の初任時、授業だけ入っている子どもたちのグループ(男女混合8人)から、みんなでコテージ宿泊したいのでいっしょに泊まってくれ~なる「懇願」がありました。当然、「まずは担任に」となるのですが、彼らは「断られるのに決まってる」の一点張りでした。

都合4人の担任に確認しましたが、驚いたことに彼らのすべてがこのことについて初耳だったのです。なかには「このことは聞かなかったことにしとくから・・・」などと言い出す教員も出る始末です。

いくら当時、初任の私にだって父兄、管理職の許可を取ってからでなくては動けないことぐらいわかります。

「なんでよりによって自分に・・・」

と当時は思いましたが(他に行くとこがなかったのと、頼みやすかったのででしょうね)、何度断っても食らいついてくけなげさと熱意にほだされてOKしたものの、それからが実にたいへんでした。いま改めて思うのですが、当時の私は宿泊に伴うさまざまなリスクを認識していなかったのでした。

担任であるならともかく、彼らの接点は授業のみ、おまけに授業に入っていない子どももいる状況で年ごろの男女8人入り乱れ、移動は私のクルマを使ってのピストン輸送・・・ベテラン教師から見たらキケンな香りに満ちあふれていたことでしょう、きっと。

一応学校、父兄の了承は得たものの、以降「ハッチャケ先生」などとよく陰口をたたかれもしたものです。何も起きなかったから言えることですが、こういったイベントに潜むキケンを十分に把握した危機管理はまったくできていなかったと今では反省しきりです。

しかし、男女が仲良く料理を作って一緒に食べてワイワイやって一つ屋根の下で寝る・・・彼らの寝顔を見ながら「自分も高校生の時、こんなグループ交際してみたかったものだな~」とセンチな気分に浸ってしまっている自分がいたのでした。

また、高校で長らく担任稼業をやっているとマイクラスに留年生を受け入れることがよくあります。2年次を3回もやってやっとこ卒業にこぎ着けた彼は、修学旅行も3回とも参加しました。彼いわく、違うクラスで3回も修学旅行いけたことがいちばんの想い出~らしいです。

留年生を卒業までもっていくのはなかなか難しいことではありますが、いかに年下であるクラスメイトになじませ、溶け込ませ、そして彼なりのポジション、存在感をクラス内に植え付けるかにかかっているのではないでしょうか?

※「高校生の留年~いかにクラスに溶け込めるか?が鍵!~留年生の指導のあり方~

その意味でこういった宿泊を伴う行事の存在は私は実にありがたかったですね。

今回は私見にだいぶ偏ったかもしれません。学校のスリム化が叫ばれていること、教職員の負担がたいへんなことは重々承知してはいますが、やはりこういったデメリットを差し引いても得られるものが多いのではないでしょうか?

学校は学習をするところ~と割り切った学校があったとしたら少し寂しい気がしませんか?

今回の相談者さん、未来の先生は、塾などの専門学習機関にはない魅力を学校に見い出したからこそ、学校教師を目指しているのだと思います。

どうか「宿泊恐怖」を徐々に慣らしていって、ぜひ教壇に立ってください!

あなたの学校が、仲間が、子どもたちが待っています!!

未来があるということは当たり前のように思いがちかもしれませんが、ヤメ教の私からしたら途轍もなくすばらしい事に映るのです。











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