教育・教師 生徒へのメッセージ

高校やめたい!中退って将来困るの?「学校つまらない」は理由になる?後悔だけはしないために!






男子高校生(普通高校)からのメール相談事例。「高校行っても普通にともだちいるし、時間つぶしにはなるけれど、最近何のために自分が学校行ってるのかわからない。卒業まであと一年。親は大学までは行ってくれっていうけど、正直ウザい。今は自分が何をしたらいいのかまったくわからない。このままじゃ流されていくようでコワい。」

多くの高校生が、一度はぶつかるこの悩み。やめるか続けるか?正解はないでしょう。人生は選択の連続。すべては自分次第。自分の内なる主人の声をきくしかないのです。最終決定だけは自分自身で絶対下さなくてはなりませんが、ちょっとだけ立ち止まって人の考えをきいてみるのもムダにはならないかもしれません。

高校中退でも問題なし!しかし、
得るものあれば、失うものアリ!

高校中退後、やっぱり高卒同等の資格を得て大学に入りたいと思ったら、とるべき道があります。高卒認定試験、通信制高校、定時制高校、高等専修学校などを目指すことです。高卒の資格だけが欲しいのであれば、正直、今通っている学校にこだわる必要などまったくないのです。

そして一方、高卒の資格に拘(こだわ)らないのであれば、そのまま自分の信じる道にすすんでも何ら問題はありません。すべては自分次第です。

教師として一度縁があった生徒が途中で学校を去っていくのは、何よりも辛くさびしいものです。そしてしばらくは、敗北感に悩まされます。しかし、退学後、生徒が通信制高校であったり、就職、自営等でその後いきいきと活躍している姿をみるにつけ、今の学校がすべてじゃないんだ~とつくづく思い知らされ、いろいろと考えさせられるのです。

私は学校を辞めた後、通信制高校に勤務経験したことがありました。なぜ、彼らの多くは高校中退後、通信制高校を目指すのでしょうか?それは、高校卒業の資格は絶対に欲しい!という「思い」と、やっぱり高校生活の「想い出」が欲しいからだと思うのです。

通信制高校に通っている生徒のすべてが、登校日等フルに出席する訳ではありません。必ず出なければならないスクーリング、登校日以外は絶対出てこない生徒もいますし、またここでも不登校、そして卒業せず中退していく生徒もいるのです。しかし、多くは、仲間とのふれあいを求めて学校に日々登校してきます。

通信制高校というところは、もちろん中学卒業後ダイレクトに入学してくる生徒もほんの少しはおりますが、そのほとんどは高校を何らかの理由で中途退学してきた生徒です。人間関係に病んだり疲れたり、学校が自分に合わなかったりなど、いま自分がこの学校にいることの目的、意味を失ってしまった子どもたちがほとんどです。

ほんとうに高卒の資格を取るためにドライに割り切って、必要最低限しか他とかかわりをもとうとしない生徒もおりますが、そのほとんどは仲間、教職員との触れ合い、つまり人間的な交流を求めているのです。いわば、失われた青春、学校時代の喪失を埋め合わせたいわけなのです。

そうなのです、高校は高卒資格を取るだけの場所ではないということです。

※「通信制高校のデメリットをメリット に変えるのは自分!通信制でよかった!!のワケ





高校中退は実際問題として将来困るの?

この問いに関しては、「困るときもあれば、全然困らない」と答えるしかありません。すべて人によってまちまち、さまざまだからです。現代では中学を卒業した生徒のほとんどが高等学校へと進学します。つまり、社会は高校卒業は当たり前、高卒資格を前提としているのです。

ハローワークの求人票、資格要件欄に「高卒以上」と書いてある事業所がほとんどですね。そうなのです。「選べない」のです。「中学卒業でもOK!」と言ってくれてるほんのわずかな事業所の中から仕事を選ぶしかないのです。

選択肢が狭い、少ないということはさびしいことだとは思いませんか?

将来、ずっと宮仕え、勤め人で一生通すつもりであればほぼ間違いなく、せめて高校だけは出ておいた方が賢明です。(いまや高校卒業生の多くがその他の上級学校に進学していますので、できれば大学までと私は言いたいところですが・・・)

一方、高校卒業の資格などとはまったくの無縁(とは言い切れませんが)の世界もまたあります。自分の実力のみがモノを言う世界ですね。実業家、芸術家、職人、プロアスリート、IT分野などさまざまな分野にわたっていますが、これらの仕事に就くからといって高校で学ぶことが無駄になるとは、私は決して思えません。

やはり高校時代というこの人生において貴重な時に、さまざまな人と出会い、この時期にしか学べないさまざまな価値に触れるということはとても大切なことなのではないでしょうか?それが将来役立つかどうかは別として。

土台、無駄、無意味な経験なんて何もないでしょう。その時そのときでベストを尽くしていけば、どんなことでも後悔などしないはずです。社会に出てからだっていつも順風満帆とはいかないでしょう。挫折だってあるかもしれません。2~3年のまわり道など経験する人だってザラです。

だとしたら、高校時代の3年間、悩み迷いながらもなんとか卒業した!これだけでも立派なことではないですか?

ただ「私は何が何でも誰でも高校はゼッタイに卒業すべきだ!」などと言っているのではないのです。高校に通わせてもらっている恵まれた環境にあるのに、「やることがないから」「イミが分からないから」「つまらないから」などのような理由とも言えない考えで辞めてしまうのはほんとうにもったいない!と思うだけなのです。

私が高校生だったころに、この悩める高校生のように自分について真剣に考えることができたならば、ちょっと違った人生になっていたかもしれません。

当時、やりたいこともなく、将来についても真剣に向き合うことなく、ただすぐに就職するつもりなどサラサラありませんでしたので、当たり前のように浪人し当たり前のように大学へと進み、ここでも無為に時間を費やしてしまいました。

学校卒業後、これまたモラトリアムついでのつなぎの仕事として塾講師を選びました。ここでもなんとなくです。でも、ここで小学生の瞳のまぶしさにやられてしまいました。この職を経験してから真剣に教師を志すようになったのです。

はて困った!大学時代は学業そっちのけでバイト、ツーリング三昧でしたので教職課程(教員免許取得のための単位が集まった講座みたいなもの)なんて大学で履修してませんでした。これからがまたたいへんで、仕事を持ちながら大学の通信教育でなんとかエライ時間をかけてなんとか高等学校教諭の免許を取得したのでした。

高校、大学と遊び惚(ほう)けた時代でしたが、たしかにこうしておけばよかったああしておけばよかった!ということはヤマほどありますが、後悔はしていません。さまざまな人との出会いや得難(えがた)い経験ができたから。

いま、「辞めたい!」「辞めようか?」と迷っているあなた、どちらに転んでも正解などないと思いますが、ほんとうのほんとうに後悔しませんか?

仕事その他いろいろで心身的にツラいということなら、ある程度までMAXがまんはできるでしょうが、しかし「後悔」だけはほんとうにつらいですよ。私は身体を壊し十数年勤め上げた高校を辞めたのです。あの時はもう限界だったから、あの時の選択として誤りではなかったと信じたいのですが、やはりあのとき何とかとどまることができていれば・・・と事あるごとに思い出され私を悩ませ続けるのです。

街で放課後を楽しむ高校生を見かけたり、卒業シーズン、同窓会、卒業アルバム・・・このような単語に出くわした時、切なくなりませんか?私は後悔の辛さ、切なさ、やるせなさを知っているだけにあなたにはこのような思いはしてほしくないのです。



それでも「辞める!」というあなたに

それでも「辞める!」という決心がゆるぎないものであれば、誰もあなたを止めることなどできやしないでしょう。いくら学校、家庭が反対しようとも。まわりの反対を押し切って我が道を行くのであれば、親と同居などして甘い脛(スネ)をかじり続けるのではなく、ぜひぜひ自活の道を歩むべきです。

しかし、一つだけ知っておかなくてはいけないことがあります。

それは、あなたの年齢が現段階で二十歳未満であるならば、何をするにしても法律的なさまざまな制約を受けるということです。この度の民法改正で「成人」とされる年齢が十八歳とされましたが、それも「2022年4月1日から」のことです。

この民法改正では結婚が許される年齢も現在の「男子18歳、女子16歳」から一律「男子女子とも18歳」となり、父母の同意もまったく必要と無くなります。(ということは、十八歳の高校生夫婦が誕生するということでしょうか?となると、まさか民法で規定されていることを学校の校則で生徒同士の結婚を禁じることはまずできないでしょう。当然学校の校則など限定的に通用する決まりごとより、民法の方がはるかに上位法だからです。)

話が脱線しましたが、現段階では未成年とされる十八歳では結婚にしてもアパートを借りるにしても親等にお世話になるしかないのです。こういったことすべてを良く考えた上で決定をすべきです。

そして、もう一つ話しておかなければならないことが実はあります。それは「差別」についてです。社会に出てからの「学歴差別」についてではありません。結婚するときに障害となる「差別」なのです。

「愛し合う二人に学歴など障害にならない」と言うでしょう。たしかにその通りの部分ももちろんあります。学歴で相手を選ぶような人とはいっしにならないほうがお互いのためです。しかし、結婚となると愛し合う二人の問題だけでなくなるのです。

男性が中学卒業で、女性が大学院卒業~このような学歴格差カップルは実際たくさんいることと思います。しかし、女性の親は「よりによって中卒の人と一緒にならなくっても」などと言い出さないと誰が言えますか?男性の親御さんのほうは引け目を少なからず感じてしまうのではないでしょうか?

二人がうまくいっているときはいいです。気まずくなってきた時など、いつなんどき学歴のことが話に出てくるかもしれませんね。子どもが生まれて自分の子どもに学校、教育の話をするときも、引け目や負い目を感じたりはしませんか?

このようなマイナスの感情を一生負い続けるのはあまりにもつらすぎます。

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一時の「いきおい」と「逃げ」の気持ちだけで辞めるのはゼッタイダメ!!

すべての「逃げ」がダメ、いけないと言っているのではありません。心身に危険が及ぶような酷いいじめや暴行などの許しがたい事実がある場合、そしてこころを病んでしまった時などは緊急避難的にも「辞める」しかない場合も当然あるでしょう。

しかし、あなたの選択が自分自身で下したものにせよ、「つまらないから」「めんどうくさいから」「アホくさくてやってられないから」「学校に行く意味がわからなくなってきたから」「とりあえず辞めたくなったから」などのような甘えから来る、幼稚で親から見たら実に情けない理由から来る「逃げ」であったら辞めてはいけません。

なぜなら「逃げ」は癖(くせ)になるからです。いったん逃げ癖がつくと、イヤなことツラいことがあるとスグ辞める、逃げるくせがつき、なかなか治るものではないのです。

そして一時の「いきおい」で辞めてしまうのも実に始末が悪いです。「成り行き上、そうなった」「友達にもう言ってしまったから」なんかは、もう勘弁してください。普通ひとは、お稽古ごとを辞めるにしたって、もうちょっと慎重にコトを進めるものです。

また、こういった重大な決定を下すにあたって、すべて自分一人で決めてしまうのは考え物です。なぜなら、高校生という心身発展途上の経験値が浅い段階での決定は、すべてにおいて危(あや)ういものがあるからなのです。

自分自身で決定することですから何も問題はないのかもしれませんが、あなたのことを親身に思ってくれる大人、親御さん、親戚のみなさん、学校教師、友人などに相談すべきです。ネット上で私も相談を受けることが多いですが、直接会って話を聞くクライエントほど親近感は実際わかないものです。

ネットで他人にいろいろ相談して話を聞いてもらうのもいいのかもしれませんが、言葉は悪いですが所詮ひとごとです。あなたが辞めた後の面倒みてくれますか?責任取ってくれますか?

そうなのです。所詮、自分に責任が何もない安全なところで話をしているだけなのです。やはり、あなたのことをいちばんに考えてくれてる人たちに相談すべきです。それから決定したって遅くはありません。

私は教師を辞めた時に、誰にも相談することなく、何から何まで決めてしまって今では非常に後悔しています。あの時、誰かに相談できていたなら・・・と思わずにはいられないのです。




稼ぐチカラ=社会に貢献!

仕事はない、すぐ辞めちゃった、ニートになって引きこもり・・・こういった相談はこれまで多く受けてきました。今や大卒の資格だけで将来が約束されているなんて考えるしあわせな人は、まさかいないでしょう。

大学卒業して関係する資格を得ないと、その仕事に就くことはできない~といった医師、教師などのような仕事は別として、これからの時代、中卒高卒大卒の肩書はそれほど、重要ではなくなっていくことは確実です。「どこを卒業した」といった過去でみるのではなく、「何ができるか!」の「いま」にシフトしているからなのです。

冷たい言い方になりますが、これからの社会、「格差」がますます進むことでしょう。私も教育公務員といった比較的恵まれた環境、待遇から、すべて自分の責任で生きていかなくてはならない自営の世界に自ら飛び込んだのですが、この社会は、稼ぐ力も価値もなく、お金がない人にとっては本当に冷たいものです。

もつものともたざるものとの差があまりにも有りすぎます。

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しかし、現状を嘆いているだけでは何も変わりません。社会がそうなっているのであれば、自分を変えて「やりがい・いきがい」を見つけ、価値を生み出す、稼げる人になるしかないのです!

お金の話をするのは汚いですか? 私はそうは思いません。みずからが稼ぎ出したお金は、自分が生み出した「価値」の結晶です。その価値が大きければ大きいほどたくさんのお金を得ることができるのです。もちろん、金額の多寡(たか)(多い少ない)で人の価値が決まる訳ではありません。しかし、お金をたくさん得ている人たちはそれだけ社会的に認められている「価値」を生み出していることもまた、まぎれもない事実なのです。

これからの人たちには、社会に貢献できる、「価値」を提供していける大人になってもらいたいのです。

そのための第一歩の選択として、「学校を辞める」ことが絶対に必要な事なら、何も迷うことなく自信をもって前進すべきです。

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高校時代、人生のほんのわずかなぜいたくな時間

高校時代は、今回相談してくれた彼のように、あれこれ迷い、悩み、寄り道が許されているかけがえのないとき。打ち込めるものがたとえ見つからなくっても、胸キュンする毎日じゃなくっても別にいいではないですか。

高校時代に悩んだこと、迷ったこと、自分についていろいろ考えたこと自体が無駄にはならないのではないでしょうか。

毎日をいきいきと楽しく送っているように見えるあなたの友だちも、ほんとうは「何か」に迷っていたり悩んでいたりしているのかもしれません。ひとにはそれぞれが抱えている環境があり、またさまざまな事情があるものです。

このような事で悩めるのは青春の特権のようなものです。いったん社会に出てみると分かることですが、今の時代すべてのスピードが早すぎて息つくひまもないほどです。仕事に就いてしまってからは、おのれの在(あ)り方、行(ゆ)く末(すえ)などについていろいろ思いを巡らせるしあわせな時間などなかなか確保するのがたいへんです。

彼はこの機会をまたとないチャンスととらえ、自分と真剣に向き合っているようです。考えてみれば、何不自由なく高校に通わせてもらえるということは実にありがたく、ほんとうにあり得ないこと。

「ハーァ?」と思うでしょうか?高校通うのが経済的にギリギリで、放課後の時間すべてをアルバイトに費やし、家にそのほとんどを入れている生徒、家庭の事情で高校生活を断念せざるを得なくなった子ども、学力が相当高い生徒なのに親の方針で(イマドキ、「女に学問はいらない!」)進学させてもらえない生徒・・・長らく担任をやっていると、こういった可哀そうなシーンに何度も出くわすのです。

まずは、悩み、迷いを置いておいて、自己の恵まれた環境に感謝し、通わせてくれている親御さんに何はともあれ相談すべきです。話せるような雰囲気、関係でなくても必ずやらなけれないけないことです。ものごとには避けては通ることができない「スジ」というものがあります。

ここだけは、その「スジ」を通さなくてはなりません。

親御さんも、あなたが真剣に自分と向き合い考えぬいた思いなら、きっと真剣に受け止めてくれることでしょう。なによりもかわいいわが子の大事な大事な将来にかかわることなのですから。




そして、結論!

高校に通える!という現実に大いに感謝すべし!

自分について悩む時間が許されるのも高校生の特権!

辞めるのであれば、そのあとの未来予想図をしっかり描いて

あなたを取り囲む人に相談してからにすべき!

それでもやめるなら、自活(じかつ)すべき!

働くこともまた、自分の価値を知り

世の中に自分の価値を提供していくこと!

戻りたい!という時にもまだ選択肢は残されている!

※関 連 記 事・情 報

※「もう一度高校生に戻れるなら・・戻りたい戻れないあの頃~いま、未来だけが変えられる!~

※「本当に「学校の勉強は意味なく、社会で役に立たないのか?」~勉強自体がトレーニングである理由~

詞・曲・歌 川嶋あい「とびら」「旅立ちの日に」















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