教師を志す人へ 教育・教師 相談ケース

教員採用試験、あるコネは使うべきか否か?~元教師の今だから言えるホンネ~

「実力で教採合格を勝ち取りたいのはやまやまだけれど、今年で3回目の受験・・・今年こそは、何としても受かりたい!」~久々の教員採用試験受験生からの相談。一次も終わり二次を控えて、受験勉強に余念がない彼女・・・かと思いきや「コネクション」をめぐってとにかく落ち着かいない毎日だそう。

彼女によると、親が公務員をしていて県の教育委員会や議員に顔がきき、一次を終えた段階で親から、教育委員のところにあいさつにいくので同行するように~と言われるままついていき「よろしくお願いします。」とのあいさつまで済ませてしまったという。

当初は何の疑問も抱かなかったのだそうだが、自分で教採のコネ合格についてネットでいろいろ調べるうち怖くなってユメザスメール相談のご縁と相成ったわけである。

本当に現在でもコネ合格なんてあるのだろうか?果て?!彼女はいったいぜんたいどうすればいいのだろうか?今回もいっしょに考えていきたい。




コネクション合格は本当にあるのか?

これは、断言できる。いまも昔もアル!と・・・しかし、今も昔もかわらず~とは言い難い。なぜなら、時代は変わり、現在では教員に限らず公務員の不正に対する世間の目が厳しくなったうえ、教職員の不祥事が多発し、教師不信がMAXいくまで強まっている現状に各自治体の教委は神経ピリピリの状態であるからだ。

おまけに、十年以上も前に大分県の教員採用試験で不正合格疑惑問題(実際、不正合格とされて現場を去った教員も多数いた)が持ち上がってからというものの、多くの自治体で受験生の成績結果情報開示請求制度が取り入れられるようになってきたのだから、昔のように大っぴらになんてできやしない。

昔は確実に一次の成績がどんな結果であろうと、それを覆(くつがえ)すほどのパワーがコネにはあった。しかし、さすがにいまはそれはないだろう。最低でも一次を突破するだけのチカラがなければ・・・

だって、あからさまにわかってしまうもの。そういう人たちが現場に入ってくれば・・・

★  親が公務員、一族がみな教員

★「こんな人がなぜ、合格?!」

親が校長、講師経験もまったくなく(新卒)ストレート合格!!さぞかし素晴らしい人財なのかと思いきや、子供に教えられるような基礎学力もなし、あいさつなどを望むのはハナから無理、人の顔もまともに見て話せないようなコミュニケーション障害、果ては教職員、生徒とのトラブル続出・・・それでも当のご本人は一向にお構いなしのマイペース。こういう人の指導教諭を務めたことがあったが、とにかくストレスのたまりまくり&体力気力もって行かれまくりで精も根も尽き果てたトホホの一年であった。

昔ならではの光景で、いまはさすがにまずい、これは確実に。

本当にたいへんなのは、やはりコネで入ってしまった本人であろう。人間性、実力のなさなどは早晩にバレてしまうことだし、現場はそういう人にかまっているヒマもその気もまったくないからだ。

こころざしがあって未熟な教師と、あきらかに不適切、向いてない(スタートラインにも立てない人という意味)教員とはまるで違うのであり、だれの目から見てもわかってしまうものなのである。

普通に受ける受験生はツラいよ!?
フツーに受けるのがあたりまえ!なんですよ!
教採コネ受験は不正行為以外の何物でもない!

それでもなお2次などで不正がはびこっていると思うと、まともに受けようと日々がんばっている未来の先生たちは、つらく切ないだけでなくいらだちや怒りを覚えて当然だと思う。

しかし、私自身のことを言わせてもらうならば、教採受験時「コネ」のことなんて気にしたことはまったくなかった。コネの存在もコネで合格していく人たちがいるということも当然知ってはいたが、正直そんなことに気を取られている暇などまったくなかったのだ。民間会社数年(このあいだに通信制大学で教員免許のみを取得)を経て、講師を何度か経験しながらの教採ではコネ人のことなんかにかまってなどいられなかった。

私の場合(というかほとんどの人は)、コネもカネもないので自分で何とかするしかなかった。当然?何都県かの複数受験であったが一次は何とか突破できるものの、いつも二次で涙を飲んだ・・・なつかしい実に。しかし、最終年は一都2県に合格し候補者名簿登載の快挙。

コネなどなくても受かるものは受かって、コネがあっても落ちるものは落ちるのである。

当たり前といえば、実にあたりまえのことではあるが、ほとんどの受験生はコネなしカネなし(コネで入るにはカネも当然必要)で臨んでいるのである。コネなんかに気を取られているようり、もっと他にやることがいっぱいあるはずだ。

コネなどない!~と一切の雑念を振り払って受験勉強のみに邁進(まいしん)するのが正解!そもそも自分でどうすることもできないことに惑わされている時点で、ハッキリ言って教師向きでない。こどもたちは、一本の「自分」という柱を持ったおとなが先生であってほしいはずである。




コネも実力のうち!?
~は遠い昔の話・・・
使うか否かは彼女次第!

今回の相談者さんには、あくまでも私の見解としてこう結論付けた。

「いつかすべてを振り返る日に悔やむのは悲しい」

「すべてはあなたが決めること」

実は最初のフレーズは吉田真里子さん作詞作曲の「ガラスの小びん」から拝借した。想いが強ければ、コネを使おうがどうかは別にして彼女もいつかは教壇に立つことだろう。彼女を待っている子どもたちがいる。その子供たちに何の後ろめたさもない、そんな先生になってほしい、であってほしいと私は願っている。

「受かってしまえば儲けもの、こっちのもの」

そんな浅はかな考えで、一生これから子供たちに相対するなんてなんて破廉恥な・・・ハレンチは「恥知らず」という意味であるが、こういったコネを本当に行使してしまうような人は、ハナから恥を恥とも思わないのだろう。だから「恥知らず=破廉恥」なのである。

入試、定期考査、各種模試、検定試験などなど・・・教師になればこどもたちのさまざまなシケンにかかわることになる。時には「不正行為」を見つけてしまうことだってあるのだ。そんなとき、教師であるならば当然「指導」しなければならないのだが、そもそも範を垂れなければならない先生が「不正行為」をして先生になったのであればシャレにもならない。実にむなしいではないか?



わたしだったら、そんな重すぎる十字架はゼッタイ背負いたくない。死ぬときにまともに成仏もできないし。

今時、公務員の縁故採用はお願いするほうも、されるほうも双方ともにかなりのリスクを伴う。どちらも職を賭してまでアクションを起こすにはとてつもなく危険すぎる。老婆心ながら私は彼女にこう進言した。

「金品の授受があったかどうかなど、具体的にどこまで進んでいるのか事実を確実につかんで、キッパリと断るべき・・・」

「それもなるべく早く・・・」

メールいという文字のやり取りだけの出会いではあったが、最後に彼女からもらったメールの文言はなんか吹っ切れたような清々しさが漂っていた。

「やっぱり私は私でありたい。」

彼女が自分を取り戻した瞬間であった。

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「ガラスの小びん」詞・曲・歌 吉田真里子

大きくなったら何になる? 夢を書いた紙を

小さなガラスびん つめ込んで校庭に隠してた

それは わたしが七つのころ なにも悩みないころ

 

レンゲのじゅうたんに寝そべって 青くひろいキャンバス

こころを描いてたクレヨンは無数の色をもってた

あかく西の空 色づいて とどく夕げのにおい

 

あんなに純粋に夢は語れやしないけど

いまもあの日の少女がいるの この胸の片隅に

 

いちばんたいせつなことだけは 声にならなかった

みずいろのノートに したためた想いはたからもの

すこしにじんでしまったのは なみだ落としたせいよ

 

それでもわたしは これからもあきらめないわ

いつかすべてをふりかえる日に くやむのは悲しいわ

 

だれにもひとつの かけがえのない道がある

生まれるまえからの約束が 叫んでいる「負けないで!」

WOO

 

あんなに純粋に夢は語れやしないけど

いまもあの日の少女がいるの この胸の片隅に

 

それでもわたしは これからもあきらめないわ

いまもあの日の少女がいるの この胸の片隅に

おまけ→吉田真里子 Live 「瞳をふせないで」(アイドル時代)詞:和泉ゆかり 曲:武部聡志







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