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私が教師を辞めた理由~戻れることなら~あなたのその転職ちょっと待った!

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しんどかったけど、あっという間の十数年、それはそれは充実していた毎日でした。あの頃の輝きはもう取り戻せないでしょう。実際辞めてみて、よかったことももちろんたくさんありますが、なぜかこうしている今も、切ない気持ちになっているのです。今、辞表を出したあの時に戻れるのであれば、今でも迷います。あの時、辞めてよかったのかどうかは今でもよくわかりません。辞めて今の生活を手にできた訳ですが、あの時のようなリアルな充実感、達成感はおそらく、もう味わうことはできないでしょう。

今回は、いま学校でつらい毎日を送っていながら、いっぱいいっぱいのところで何とか持ちこたえて頑張っている先生たちに向けて話したいと思います。辞めて分かったメリット、私ができるアドバイスなどはまた別の機会に譲るとして、ストレートに私が学校を去った理由を話します。もし辞めようかと迷っているあなたがどちらを選ぼうとも、それぞれの道があり、正解などはないことでしょう。私が迷っていた時、誰かに相談できていれば、また違った人生になっていたかもしれません。辞めたクチの話をちょっとだけ聞くことも、無駄にはならないかもしれません。

マジで倒れる5秒前!

辞めた時の直近の勤務状況は、朝5時起床、6時半学校到着、帰宅午前様しばしば・・・一年のうち、まともに休めたのはお正月くらいでした。機械警備に学校が入った後もセキュリティーのカギを預かり開け閉めをしていました。

当時の貼りつきはこうでした。学年主任(当然担任)、教科長、生徒指導部副部長、運動部正顧問、渉外部などなど~大きな学校ならまず、ありえないことなのでしょうが、小規模校ではありがちですよね。特定のものに仕事が集中するのもよくあることです。学年を引き受ける前、管理職(教頭)から打診があったときに、せめて運動部正顧問をはずしてくれるのなら~と何度も断ってきたのですが、最後は学校長の職務命令にやられました。

前年度も同じ部活を担当していて、これまで土日はもちろんのこと一年のほとんどを活動していましたので、キャップ職がこうも重なると、どれかを疎かにすることになってしまいます。引き受けたからにはどれも精いっぱいがんばりたい!どれかを手を抜く~なんてことはしたくなかったのです。

私のキャパ、能力がなかったといえばそうなのでしょう。しかし、黙ってても言うことを聞くようなこどもたちではなく、当時私が勤務していた学校はいわゆる「指導困難校」でした。自分のクラスの生徒の家庭訪問よりも、他クラスの生徒指導のための家庭訪問の数が圧倒的に多いような始末です。おまけに学年スタッフのうち、初めて担任を持つものが2名いる状態です。そのうちの一人は、ほかのどの教師ともうまくいかないようなコミュニケーション障害の人でした。追い打ちをかけるように、生徒指導部長は体育科の教師で出張も多く、比較的学校にいることの多い私にその代わりを務めることしばしばでした。集会で話す程度でしたらいいのですが、指導部会やら家庭訪問などで多くの時間が奪われていきました。また私の教科は商業科なため、ひと月に数回の検定が入ってくることが珍しくありません。授業の質がモロ、検定の結果に反映されるため授業なども全く気を抜くことができないのです。おまけに検定向けの課外や補修などやらなければならないことがたくさん。前年度までは毎日部活行ってたのに、週に数度しか顔を出さないようになってくると、初めのうちこそこどもたちも心配していましたが、来ないのに慣れてくるともう私を期待しなくなっていきました。

寂しかったですね。そして、悔しかったです。どれも手を抜くことなんてできない、大切で大好きな仕事なのに、どれも中途半端。生徒たちに「ごめん、ごめん」と心の中でいつも謝っていました。もともとサバサバした性格でイヤなことも一晩寝たらケロッと忘れてしまうような人間でしたが、当時は管理職を恨めしく思いました。みんながみんな、私のような分掌なら致し方もありませんが、生徒と同じような時間に学校にやってきて、アフター5を満喫していながら、長期休暇には年休20日間まとめ取り~なんてことがまかり通っていた教員もたくさんいたのですから、グチのひとつも言ってやりたくなります。

そうこうしているうち、頑丈であったはずの私の心身が悲鳴を上げ始めたのでした。

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正常な考えができなくなってしまった・・・

きっかけは、授業中倒れ、保健室に運び込まれたことからでした。前々から、運転中猛烈な眠気に襲われ何度も危ない思いをしていたので、薄々危ないかも・・・と思ってはいましたが、こんなに急に自分が崩壊していくとは思ってもいませんでした。やっぱり人間3日も4日も寝ないでいるとおかしくなるものなのですね。

子供たちを通して家庭にも伝わったらしく、父兄から心配の電話を何度ももらいました。管理職よりも父兄のあたたかさがうれしかったですね。そして、管理職から少し休むように勧められ、検査入院となりました。年休などまったくの未消化で、毎年MAX20日まるまる余っている状態でしたので年休使いました。学校に行かない毎日はとても新鮮でした。一日がとても長いです。2~3日かけての検査で胃にポリープが見つかり、過度の疲労と栄養障害、そして軽度の鬱状態であるとことがわかりました。おまけに重度の睡眠障害とも宣告されました。教職に就いてから歯医者さん以外は保険証などまともに使ったことがなかっただけに、ショックでした。

入院している間、クラス、学年、教科担当クラス、部活のことなどが気になって仕方ありません。今ころは~してるころだ~などと思い出してばかりです。気が付くと病室で自分が学校に行った時の準備をアタマの中でしている自分がいました。あらためて自分はこの仕事が好きで、そして仕事中毒なんだと気付かされたのでした。

当初、退院して即、学校に戻るつもりだったのですが、お医者に休むよう強くすすめられたのと、これまでまともに休んだことなどなかったため、思い切ってちょっと休んでみることにしたのでした。このちょっとの休暇が、永遠の休暇になるとはこの時予想だにしませんでした。

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自分を取り戻すため必要な時間

学校に行かない自分などこれまで想像もしたことなかったため、はじめは戸惑いました。すべてが新鮮で、学校の外では違った時間がゆっくりと流れていました。そしてこれまで忙しさにかまけて、自分の行く末など立ち止まって考えたことなどなかったのですが、ゆっくりと自分を見つめなおすことができました。こういう時間こそ、これまでの自分に必要だったのです。

私がいてもいなくとも、学校は何事もなかったかのように当然回るのです。これから先、自分に残された時間を考えたとき、果たしてこのまま学校教師を続けていいものか、続けていくべきか?という問いに答えを出すべく堂々巡りの毎日でした。

自由な時間があると、どうしてもよからぬことを考えてしまうものです。学校の外でイキイキと働いている人たちの姿を目にするたびに転職したい気持ちがつのっていきました。やはり生涯一教師だけで終わりたくなかったのです。教職に就く前は、さまざまな創作活動を続けていたのですが、この仕事に就いてからはまったく遠ざかっていたのでした。経済的には恵まれない世界ではありますが、一度きりの人生、残された時間を自分が信じるものに賭けてみたい気持ちを抑えられなくなってきたのでした。

十数年学校で生きてきて自分なりに全力を尽くしてやってきたので、当時の私はますます辞めることに気持ちが傾いていったのでした。ただ、今辞めてしまって問題になるのが任されていた学年、クラスなどを途中で放り投げることになることでした。

そんな心配は杞憂でした。仲の良かった同僚やこどもたちから、それなりにうまくやっているとの知らせを聞くたび、安堵感と同時になんとも言えない寂しさを感じたものでした。腹が決まった翌日には学校長に辞表を出しておりました。学校長はそんなに急がなくとも一晩寝て、もう一度出直してみてはどうか~と言ってはくれましたが、十二分に考えた結果であることと、決心が鈍るといけないので~との理由を話すと、すんなりと受理されたのでした。今思うと、これまで私より長く生きてきた人生の先輩として、ああ言ってくれたのだな~とつくづく思います。学校長なりの最期のやさしさだったのだと思います。今思うと、自分は弱かったのだと思うのです。とりあえず、つらいこの激務から解放されたい~私の中に住んでいた弱い自分のささやきに負けたのだと思います。

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そして、いま思うこと・・・正解はない・・・

今確かに言えることは、寿命は間違いなく長くなった~ということだけです。あのような生活を続けていたのであれば間違いなく、死んでいたことと思います。こうしている今も、かつての私と同じような働き方をしている方がいたら聞いてください。あなたが仮に道半ばで倒れても、一瞬だけは学校のひとたちは悲しみ、嘆くでしょうが、本当に一瞬だけです。忙しさに埋もれ、すぐに「そんな人いた?」となり、忘れ去られます。あなたがいなくとも学校、世界は回り続けていくのです。回り続けていかなければならないのです。本当に心底、ず~っと悲しんでくれるのは家族だけです。

あなたが今がんばることにより、学校、こどもたちは助かることでしょうが、その陰で家族を悲しませ、自分の体をいじめぬくことになるのです。ギリギリいっぱいいっぱいのところで何とか持ちこたえている先生たち、辞めろとは言いませんが、かつての私のようにちょっと立ち止まって考える時間は必要です。限度を超えた働き方は間違いなく人間を心身共に殺します。自分の働き方、あり方についてじっくり考えてみるのは、これからのためにもとても大切です。どうか自分をもっと大切にしてください。

どちらに転んでも、生きている限り道はあります。生きてこそ・・・


 

 

 

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