自分と向き合う

住むならどこ?トーキョー?東京はエラくて田舎はダサいのか?引っ越し20回の私はなぜ、地方に住み続けるのか?





どこに住む?「住」は生活の基盤になる大切なことですね。なぜに人は東京を目指し、そして去っていくのでしょうか?トーキョー神話の呪縛から逃れられないあなたに、自分にピッタリ!シックリ!くるベストチョイスのアドバイス。案外身近なところに幸せは転がっているのかも。どこにいても、どこに住んでいても自分らしくいられて、楽しめるのがオトナ。ですよね。



引っ越し20回してわかったこと

学生時代の横浜(中区、金沢区)のスタートから、これまで川崎(宮前東有馬)、鎌倉(稲村ケ崎)、葉山(一色)、逗子(小坪)、京都(伏見深草、八幡)、御前崎(静岡)、高萩(茨城)、鏡石町(福島県)と市外だけで10以上、合計20回以上の引っ越しをしてきました。

引っ越し、住んでいるところを変えるということはいつもワクワクし、新鮮な気分に浸れ、自分をリセットするにはもってこいなのです。引っ越しバカを繰り返すうちに気付いたことがあります。

①どこいってもやっぱり日本

②土地、建物には相性がある(もちろん人間にも)

③住めば都

④住めば現実

今の時代、地方でも不便はまったく感じないし、むしろ快適。どこに住んだとしても、情報も含めて不便はさほど感じないですね。それでは、人口集中地と田舎では何が違うのでしょうか?

それは、その地から受ける「刺激の種類」と「刺激の強弱」、これらの違いであると私は思います。川崎にいたころは田園都市線を使って頻繁に渋谷に繰り出したりもしましたが、今はそのような刺激は欲しくないのです。むしろ、自然の一部となり、包まれ感いっぱいになったときに自然から自然とパワーをもらえる今の刺激のほうが幸せ感いっぱいです。

いま住んでいるところは、典型的な田舎の地方都市で、人口は30万人以上ですのでそれなりに便利ではありますが、1つだけ大きな問題があるのです。それはカンペキなまでの「クルマ社会」ということ。クルマを手放したとたん「両翼をもがれた鳥」となってしまうこと必然。これは実に痛いですね!

現在、高齢者運転のクルマによる悲惨な交通事故事件が新聞を賑わしていますが、地方ではクルマを手放したくともできない痛切な事情があるのです。この1点のみをクリアすることができるのであれば、後は住むところ選び放題です。

下の画像は「海まで5秒」の戸建てに住んでいた時の画像です。当時、駐車場3台コミ、2階建て5LDKの戸建てが月9万で借りられたのです。激安ですよね。

場所を選ぶ仕事、選ばない仕事

普通、人が住む場所を変えるとき、その理由は進学・就職であったり、結婚、果てはリタイア後の終の棲家を求めて~これらがほとんどかもしれません。私の引っ越し歴20回以上の中にも、もちろんこれらの理由も含まれています。

しかし、上の画像の静岡県御前崎に引っ越した時は就職はしませんでした。と言いますのも、この時期、既に何とかネットだけからの上がりで自活できるようになっていたからなのです。リアルで相談業務に出向く場合、私の場合全国どこにでも行きますので、どこに住んでいようと同じことです。

このように今や、自宅から一歩も出ずにサラーリーマン並み、いやそれ以上に働くことも十分に可能な時代です。ある程度のスキルを身に付けさえすれば全国住み放題、引っ越し放題なのです。一方、やっぱり組織に属して安定した生活が送りたいという人であっても、転職時に待遇ダウンにならないスキル、経験値を持っているのでれば、どこへだって行けます。

それではなぜ、私は地方に住むのでしょう?こだわり続けるのでしょうか?

それは言葉であらわすのはちょっとむずかしいですね。このピッタリ!いいかも!好き!というものは「感覚」であって、頭よりも体で感じるものだからなのかもしれません。まさしく「体感」です。ことばではうまく表現できませんが、いるだけで心が落ち着き、やさしくなれるような感じなのです。

あえて言うのであれば「クルマ」も関係しているかもしれません。京都、ヨコハマなどではクルマはあったけれど、とにかくストレスたまりまくりでした。なぜって、思うようにストレスフリーでクルマを転がせられなかったから。

目的地まで行くには、もちろん場所にもよりますが、電車の方が確実で早かったですね。おまけに電車賃激安!当時リッター3~4kmしか走ってくれないガソリン爆飲みのクルマもあったのですが、電車賃がタダのように思えたのでした。

そして目的地に行っても、クルマがなかなか停められない~なんてことは地方ではまずありません。地方はクルマファーストで、どのような場所でもクルマで来ることが前提になっているのです。渋滞地獄、難易度テク激ヤバ駐車場、駐車場探し堂々巡り~こんなストレスとも地方に行けばサヨナラです。

要は、自分が行きたいところに、いつでも自由にクルマで行けるライフスタイルが私は好きなのです。




日本人なら、一度は東京!?住んでみる!?

このフレーズに決意の程、低さが伺えますね。「行ったら故郷に錦を飾るまで戻らねぇ!」ではなく、「ちょっとだけ住んでみたい」なんですよね。私もそうでした。「一生東京」とまではいかないにしても、東京には、多くの人が目指すだけのそれだけの価値があります。

東京に価値を見出しているから、あれだけ多くの人が東京を目指すのでしょう。(もともとの都民は別として)

それでは、「ずっと」ではなく、なぜ「一度きり」になってしまうのでしょうか。どこに住もうと、その土地のいいところ好きなこと、イヤなとことが見えてくるものですが、一番は「相性」でしょうね。これは絶対ありますよ。東京が自分にピッタリ!という人がいれば、絶対イヤ!という人も当然いるのです。

たとえ途中でイヤになって帰ってきたとしても、住んでみて自分の中で積み上げた経験値、受けた刺激は決して無駄にはなりません。

若いうちは都会で働いて、老後は田舎ぐらし~という人も、ずっと東京で暮らしたい~という人も「人生残された時間に限りがある」という点においてはみな同じなのです。生きてられる時間が限られているのなら、いろんなトコロに住んでさまざまな人に会ってみたいと思いませんか?

「それもいいけど、俺やっぱり、ここ好きなんだよなぁ~」実はこれが一番、私はうらやましいと思います。

要は自分が最も自然でいられ、心落ちつけるところに住めばいいだけの話なのではないでしょうか?

よく、地方在住の人で一生涯一つの地で過ごす人がいますが、他の空気を吸ってみるのも悪くないですよ。いま住んでいるトコロのありがたさが分かったりするだけでなく、もっと大好きな第二のふるさとに出会えるかもしれません。

第二、第三のこころのふるさとがあるなんてステキだと思いません?




現在は、昔と違って転居の自由が憲法で保障されているのですから、ちょっとだけの思い切りで世界が広がるかも?! 下の画像は、以前住んでいた部屋の窓を開けた時の画像です。

住めば都も、住めば現実!

京都に住んでいたことがあります。市内伏見区深草とその隣の八幡(やわた)市。実に暑かったです。ほんとうに暑かったです。関東の暑さのレベルとは別次元でした。それが4月から秋も深まったころまで続くのですから実にまいりました。

駐車場はマンションから徒歩15分と、あまり使いたくなくなるような環境にしか借りられず、むしろ渋滞がない分、京阪電車がすごく有難かったですね。クルマはほとんど使わず、動態保存のためたまに動かした程度。なんのためのクルマか、しまいには分からなくなってきました。

ずっとずっと憧れていた京都ではありましたが、住めば地獄まではいかないにしても、現実を思い知らされました。観光地は行き放題でしたが、猛暑であろうが厳冬あろうが、昼夜を問わず人、ひと、ヒト・・・観光地には次第に足が遠のいていっちゃいました。

歴史の重みをズッシリと感じるところでしたが、私にはピッタリ!ではなかったし、シックリもこなかったです。(泣)京都の方、ごめんなさい!

でもですね、京都には京都でしか感じることのできないアジが確実にあったのです。早春、晩秋のころの京都はうっとりするほどの輝きを見せてくれました。そして「淀川市民マラソン」や「おこしやすマラソンン大会」などの出走で、更に京都が身近に感じられ川に親しみ大事にする府民性もちょっとはわかったような気がしたのです。

私にはジャストフィットではありませんでしたが、京都に何十回何百回と繰り出しているような京都フリークのような人は思い切って一度、引っ越しちゃうのも大いにアリだと思います。

私が京都で過ごした2年の日々の感想はこちら。良くも悪くも突き抜けている京都の参考になるかもしれません。

2年京都に住んでみた!あなたのその京都移住計画ちょっと待った?!




ブランドとステイタス

自信のなさの現れが、ブランド志向(思考)でしょう。私はやっぱり自分がいい!と思ったところ、ものがいい!」のです!土台、勝手に県境、境界線など引いているだけであって、どこでも日本に違いはないです。どこへ行こうと、行きついた所、そこが自分のフィールドです。

そこが、トーキョーだろうがキョートだろうがどっちでもいいのです。

映画「シェーン」のアランラッド、「あしたのジョー」の矢吹丈、そして浜田省吾の「夏の終わり」・・・流れものはいつの時代も男らしくカッコいい!ですよね?!

自分のライフスタイルに合わせた結果、私は現在の地に住んでいます。行きたい時にすぐそばに山、川、海があり、どこへでもクルマで行けて、誰に気兼ねすることもないです。空は青く高く、空気が清々しいですよ~。

生活に不便は全くないし、快適ですね。イオンもクルマをちょっと走らせれば3つほどありますし、徒歩圏内にセブン、ファミマにローソン、そしてドンキまでありますのでそれなりに便利です。ただ、地方特有のベッタリとした人間関係が、人によっては最初は馴染めないかもしれませんね。他人行儀で、うわべだけの付き合いであっても、とにかく他人を気にするのです。

別にこちらはほっておいて欲しいのですが、なかなかそうもいかないようです。むずかしいですね。時に街のサバサバとした付き合いが懐かしくなる時もあるのも事実です。

すべてにおいて大満足!という場所というところがあったらすぐにでも引っ越したいくらいですが、要はバランス、「何を優先させるか?」これでしょう。

海に包まれた生活

学生時代、横浜を振り出しに海に導かれ、鎌倉逗子葉山と転居を繰り返しました。ずっと海を見ていたかったんです。そんな思いが湘南を離れた後も残っていて、東日本大震災の前までは画像のようなグリーンの家に住んでいました。

下の、部屋から撮った画像も以前住んでいた所。「海まで5分」ではなく「5歩」、目の前がビーチなのです。完全にプライベートビーチ気取りです。でも、ここでも「住めば現実」でいいことばっかりではなかったでした。とにかく、クルマ、洗濯物すべてが潮(しお)でベトベト、窓を開けておくと、床に潮、砂が入ってきてたいへんなことに。

クルマ、電化製品は錆びやすく壊れやすい。それでもやはり、海は偉大で「生きる力」を与えてくれましたね。みなさん、「海に映える月」って見たことありますか?幻想的・神秘的でうっとりです。夜、よく浜辺をランニングしたものです。

海からは私はたくさんの贈り物をもらいました。(また、震災でたくさんのモノを私から奪いもしました)限りなく高い空を見上げ、風の音、波の音を聴き、砂地を踏みしめる時、生きていることを改めて実感し、人間も自分もまた自然の一部なんだなと思い知らされるのです。

これさえあれば、他に何もいらなく思えてくるからほんとうに不思議!

お金をかけなくては遊べない、楽しめない人は、少しもったいない人生を送っているかもしれないと私は思います。自分の中、自然の中にこそ無上の楽しみがあるような気がします。今度は、たとえば瀬戸内あたりのような、海が見渡せて、心落ち着くところを見つけ、そこを終の棲家としたいですね。

できれば、家が流される心配のないところにしたい。もう家が流される思いはたくさんだから。

そして、結論!

住まいは相性!

どこに住んでも、そこが自分の生きる場所!

根を張るのも、根無し草になるのもどっちも自由!

住んでみるのが一番!

東京は最高!最低!どっちもどっち!

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「トーキョーマイラブ」詞 夏海裕子 曲 杉本眞人















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