生徒指導/教育技術

学級経営にコツはある!担任の気持ち一つのみ! ♪「君の思い描いた夢 集メル HEAVEN」GARNETCROW





自分のこれまで行ってきた学級経営が、すべてうまくいってきたとは残念ながら言えません。むしろ悪戦苦闘し、毎日が精一杯でした。正直なはなし、これが正解などないでしょう。

しかし、一番はじめに自分、そしてこれから受け持つクラスの「軸」だけははじめにしっかりと決め、自分の思いの丈を日々伝えていきました。クラス、学校での生活が楽しく意味のあるものになるかどうかは、担任の「こころ一つ」にかかっていることだけは忘れて欲しくありません!

今回は、学級経営にコツというものがもしあるのなら、そのコツとツボについて考えてみました。

理想の教師像と学級像

教師を志し、教壇に立ったからには、必ずあなた自身の原点があるはずです。まずここに立ち帰り、自らを省みることから始めてみませんか!

「私の教育に懸ける思い、大義は何か?」

「こどもたちとどう接していき、自分は何がしたいのか?」

「どのような大人になって欲しいのか?」

「どのような学級に育っていってほしいのか?」

「私の使命と決意」

「自分が担任として今、できること、やらねばいけないこと!」

「これだけは伝えたい!」

「自分はどう成長していくべきか?」

などなど、思いつくこと、イメージを書き留め、箇条書きでよいので「文字」にします。

この「文字」にするということが実はとても大切なのです。思いを持ち続けていくということはたいへんなことなのですから。

本当は、半紙などに習字のように「決意」を大きく筆で書き、部屋に貼っておくと効果絶大なのですが、「ちょっと何かな?」という場合は、ノートに書き留めておいて毎日それを見るだけでOK!です。

毎日見直していくと、自分の心境が変化していくことにきっと気付くことでしょう。この「自身の変化」を見逃してはいけません。これらの「変化」が「何」で「どこから」来ているものなのかを突き止めるのです。

そして、この決意の程を一番はじめにこころにしっかりと刻みつけ、この気持ちを忘れずにいるということが何よりも大切なことなのです。往々にして教師は多忙のあまり目の前の仕事をただただ処理していくのに忙殺され、自分の「柱」、そして「全体」を「高いところ」から見渡すことを忘れ、自分を見失ってしまいがちですよね。

かつての私がそうでした。その意味で「私の原点」に戻り、初心を忘れないためにも、この「覚え書き」の効果は絶大です。

そして、恥ずかしがらずもっともっと教師は理想を語るべきです。自分が今、思っていること、悩んでいること、努力挑戦していること・・・クラスを思って突き進んでいる様子、自分の「いま」をこどもたちにもっともっと見せていってください。

こどもは見ていないようで、実はしっかりと教師を見ているものです。こどもの観察力、直観、洞察力は素晴らしく、そしてある意味とても怖いものだと私は思います。

こどもに嘘はつけません。大人の嘘なんてのはすぐに見破られるでしょう。大人のホンキを今こそ、見せようではありませんか!教師でも時には道を誤ったり壁にぶち当たる時もあるでしょう。そんな時こそ、ホンキな教師をこどもたちがほっておくはずはないのです。

軌道修正していけばいいだけの話です。要はあなたが「ホンキ」であるかどうかにすべてはかかっているのです。

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問題が起きるのは当たり前!

~そう考え、起きた場合の対処法、教育実践を日頃から考え、練っておくくらいのゆとりが本当は欲しいものですね。こどもらは、問題に対し、自分たちの担任がどう動くのかをつぶさに見ているものです。

私たちは児童生徒学生時代、どのような指導を担任から受けてきたでしょうか?また、指導を受けるとなったとき、どんなふうに担任にしてもらいたかったでしょうか・・・ここを振り返れば大丈夫なのです。

○こどもたちを最後まで信じる気持ち

○こどもたちに最後まで寄り添い、見守っていく気持ち

○こどもたちの良い面にも目を向けた指導

○適度に生徒のストレスを発散させること

○一貫性のある公平な指導、規律の確立

×一方的に力(権威、体力)で抑え付ける

×強制的高圧的な指導

×待てない指導

×こどものせいばかりにし、自己を省みない

×こどもの逃げ道を一つも残さない一方的な指導

私の場合、クラスの生徒が問題行動を起こしてしまった時、まずは私自身を振り返ることから始めました。こどもの問題行動自体の原因を探ることより、まず自分(私)に問題がなかったかを省みたのです。

人を指導、導くべき立場にある者、何よりもまず謙虚であることが求められるはずです。上から目線では人は導けないと私は思います。

そして、起きてしまったことは取り消せない、日ごろの自分の指導の至らなさのあらわれ~と私は捉え、これからどう自分がこの問題に立ち向かっていくかにのみ専念しました。繰り返しになりますが、自分の担任がどう対処していくか、こどもたちは本当によく見ています。これだけは心にいつも留めておいて欲しいのです。

私の場合、問題解決に向けて実は「共感力」、このパワーが解決の糸口を与えてくれました。「どうして、こんな風に生徒は思うのだろうか?なぜ?」と、相手になりきることは決してできませんが、こどもの立場になったつもりで、こどものこころの声に耳を澄ましてみてはどうでしょう!

何かが聞こえてはきませんか?!

クラス開きにあたって、担任の決意と覚悟

クラス開き(入学学年、クラス替え)の時が、担任としての所信表明のまたとないチャンス!この絶好の好機を逃さないで!このチャンスに自分の熱い思いのたけをこどもたちにぶつけてみましょう!

※「初担任・授業開き~いまスグやるべきこと!準備と心構え~

変に構えたり、飾ったりする必要はナッシング!素の自分を出すのが一番!こどもの前では私の場合、実は一番自分らしくいることができたのです。クラス替えの場合、父兄を前には通常話す機会はないので、文書と電話でそれぞれ自分のクラス運営に対する思いを伝えたものでした。

こどもたちを前に話す些細な内容のことにはあまりこだわらない方がよいでしょう。それよりも、しっかりとこどもたちの目を一人一人見て、自分のことばで熱い思いを伝えてください。スピーチは技術の側面ももちろんありますが、その前に話し手に「こころ」がないとまったくむなしいものになってしまうからです。

最後までこどもたちの味方であること、自分が大切にしたいこと、どんなクラス、人間に育っていってほしいか、そして担任としてどう関わっていき、どんな努力をしていくのか・・・こういったことなどを話していけばいいだけのことです。変に構えないでリラックス、リラックス!

はじめによく、こどもたちに一人づつ自己紹介をさせるクラスがあるそうです。それもいいのかもしれませんが、その前にまず担任としてのあなたの自己紹介をして欲しいです。たとえば、こどもたちから質問を受け付けてみる~なんてはどうでしょうか?

ただ一点、これには少しテクニックがいるのです。できれば、こどもたちの直の、自分のことばでの質問がうれしいものですが、初顔合わせでお互い出方を伺っている状態なので、予め担任に対する質問を箇条書きにして、こちらで用意しておき、こどもらに番号で選ばせてその質問に応えるのもいいかもしれませんね。

クラス運営の柱となるもの

①クラスに対しての決してブレることない愛情

②そして、最後まで決して諦めることのない教師の姿勢

③指導の一貫性と公平公正さ

④クラスのルール・規律の設定、およびそれらを理解させること

⑤どのような子どもがいても許される雰囲気の醸成、および環境の整備

⑥アメとムチ

以上6つは絶対に必要です! 特に、ダメなものはダメという教師の確固たる姿勢を貫き通すことが何より大事になってきます。

間違いを犯してしまった場合、やってしまった行為自体はキチッと指導しなければいけませんが、決して児童生徒の人格まで貶めるようなことはできないはずです。教師であるならば。そして、その過程を話せるところまでクラス全体に投げかけること、このこともまた、クラス経営にあたっては実はとても大切なことなのです。

なぜならば、そのような生徒もまたクラスの大切な一員であり、全員でその思いを共有していく・・・という行為自体がクラスの目指す「共感」「体感」と合い重なるものものだからなのです。

また、クラスはどのようなこどもであっても、くつろげて心身の安全が約束されている「居場所」「クラスルーム」でなければいけません。その確保、育成のために担任は全力を尽くすべきです。こどもたちは自分の好き嫌いにかかわらず、強制的に属することになります。これは本人たちの力ではどうにもならないことで、勝手にきめられたことです。

他人とかかわりたくないこどもであったなら、その意思は可能な限り尊重されるべきですが、自分以外の人間の尊厳を踏みにじったり傷つけたりすることは絶対に許さない~こういったクラス運営の柱となるべきことがらを根気強くこどもたちに言い聞かせつつ実践していくのです。

そして、クラス運営をしていく上でさまざまな問題が出てきた時、担任は問題行動、こどもたちにペースを乱され、時に一貫性を欠く場合があるかもしれません。しかし、これではいけません。決して生徒のペースに惑わされてはいけないのです。

こどもたちを陰で日向で支えていく役割のクラス担任ではありますが、あくまでもこちらの考えられたペースで、そして主導していくのはやはり担任であるあなたなのです。

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最後になりますが、簡単そうで実は難しいのが「アメとムチ」の使い分け。こどもを叱る、指導できないのは論外なのでここではふれません。指導の微妙な緩急の難しさもさることながら、自分の感情に任せて恫喝したり、体罰に及んだりするのであれば担任失格です。

あくまでもこどもたちを見守り、導いていくのが担任の役割、仕事なのですからこれではいけません。私の場合、心の中では平穏そのもの余裕綽々であるのに、こどもたちの前では怒り心頭を装ったりして事の重大さを理解させました。

つまり、担任はその時、その時全力でぶつかるのは言うまでもありませんが、全力すぎて周りを全体を見失ってはいけないのです。厳しい言い方ですが、自分の感情をコントロールできないこどものような大人は教師にはなれません。

そして、対教師暴言、生徒間暴言暴力など他人の尊厳を踏みにじる言動に対しては「毅然」とした態度で臨まなければなりません。最近では若い教師にかぎらず、こどもに迎合し歓心をを買いたいがために、こどもを叱ったり指導できない教員が増えているといいいます。

教師が当たり前のやるべきことをやらないから、こどもたちを大人不信に陥らせることになるのでしょう。こどもは大人を実に、怖いくらいじっくり見ているものです。一方で、こういった言動以外のちょっとしたノリや「なごみ」は極力許してあげてもいいのではないでしょうか。

いじめにつながるような「イジリ」は絶対に見逃してはいけませんが、キッチリカッチリはやりすぎるとお互い何より疲れますよね。大人もこどももガス抜きは必要なのかもしれません。

「いじり」は「いじめ」のはじまり?!~違いと境界線~教師なら「悪のいじり」を見逃してはならない!

要は「自由は認める!しかし、責任は自分でも取れよ!」ということです。当然、最終責任は担任であるあなたです。

あとはクラス担任のあなたが全力で日々クラスの生徒たちと正面から向き合っていけばいいだけです。そこに、何でも相談できる同僚、チーム、管理職がいれば言うことなし!なかなかむずかしいかもしれませんが、今日もがんばってください、先生!

そして、結論!

最後までこどもたちを信じ、見守っていく覚悟はあるか?

他を責めるより、まずは自分を振り返ろう!

自分のクラスの柱を持て!

自分を信じる→自信!

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