教師を辞めたいときに 教育・教師

教師を辞めてよかった!と思える5つの瞬間!~人生いろいろ理由も色々~♪「花が咲いている」石川さゆり

投稿日:2019年1月17日 更新日:



「教員やめちゃうのってもったいない?!」

どっちもどっち!辞めるも地獄(天国)、続けるのもまた地獄(天国)。シャカリキになって日々輝いて、教職を定年まで全うできる人はなんてしあわせでなんでしょう。

でも、教員をずっと続けている人みんなみんながしあわせかというとそうでもないんですよね。イヤイヤダラダラ仕方なくとか、逆にマジメすぎやりすぎでボロボロズタボロ寸前までいっているのに辞めるにやめられないでいる~なんて人たちもたくさんいることでしょう。

特に何となくとか惰性で教員をやっているというのは、ほんとうにもったいないと私は思うのです。すべてにおいて・・・まさしく人生の無駄遣いです。そもそも、こういった人たちは辞めたら食べていけなくなる、あとあと苦労するのは分かっているから、「辞める!」という選択肢さえ思い浮かばないのかもしれません。

こういった意味において「辞めたい!」「辞めようか?!」「続けようかどうしようか?」と迷っているみなさんはきっとまじめで誠実なんでしょう。そこで今日は、辞めたクチの私から独断と偏見ありありで「辞めてよかった!」と思える瞬間をいろいろ挙げてみましょう。

これまでの私の話を聞いているみなさんはもうお分かりでしょうが、私は現場にいまでも未練たらたらです。なんでもそうなのでしょうが、得るものがあれば失なうものもまたアリなのです。得たものも確かにありますが、その代償はやはり私の場合大きすぎました。こんなに時間が経ったというのに、未だに亡くしたものを探してさ迷っているのかもしれません。

「辞めてよかった!」って思える時ももちろんありますが、やっぱり「辞めなきゃよかった!!」って心で泣く時もまたあるのです。タイトルをくじくような物言いですが、「辞める」ことはバラ色だけではなかったのです。私の場合・・・辞めることをさかんにすすめる無責任な言い方はできないのです。こんなこともちょっと頭の片隅に置いて聞いてください。

転職受け売り話、転職関連サイトの盲信はキケン!!

前に「教員辞めてもいい人、辞めたほうがいい人」でこういう人なら「辞めてもいい」「仕方ない」と話しました。しかし私としては、みなさんにはせっかく縁あって立つことになった教壇からできれば降りてほしくはないのです。

※「教師を辞めたい人へ」などを聞いてできれば思いとどまってほしいと今でも私は思います。

教壇、あの場所でしか得られない瞬間・喜び・輝き・充実感・・・というものがゼッタイあるはずです。教壇に立てる権利がみなさんにはまだあるのです。いまならまだ間に合うのです。毎回毎回しみったれな話になってしまいますが、元教員の転職は本当にたいへんですよ。

私は自活できるようになるまで散々辛酸舐めつくしましたが、「イヤならさっさと辞めちゃえ!」とかかんたんに言う事はできません。なぜなら、自分の看板で仕事が取れない・稼ぐチカラのない人が辞めたら最後、その悲惨さは目も当てられないということを身をもって体験したからなのです。

辞めたらバラ色的発想で転職を煽り、転職サイトに誘導するようなブログ等を盲信し、キッパリサッパリ本当に辞めてしまうのは非常にキケンです!

あなたが信用したブログの運営者は、やめた後のあなたの生活の心配を最後までしてくれますか?所詮、ひとごとなのです。

私は自分が辞めて失敗半分・よかった半分なので、余程特殊な事情がある人か、もしくはこれからの自分に「確信」を持っている人以外はできれば辞めてほしくはないのです。

勢いで本当に辞めてしまってから後悔するのはあなた自身であって、実際のところ誰も困りません。それでもなお、「辞める!!」「絶対やめる!」「何が何でも辞める!と決めた!!」~と一大決心をした人のみ、次から話す「辞めてよかったと思える理由」をきいてみてください。

※教員経験者で「辞めてよかった!」いろいろみなさんの意見があることと思います。よく教職経験1~3年と比較的若い方の意見がネット上でも見られますが、私学公立通算13年以上の者の率直な感想ということできいてみてください。

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失ってはじめて得たもの・・・

まわりを見渡す余裕、こころのゆとり

もちろん、これらが見えてきたのは自活できるようになってからのことです。明日のごはんの心配をしているような状況ではとてもとても、自分のこれから~なんて考えられませんよね。

学校時代のジェットコースター生活・・・一度乗ったら止まるまで降りられないあのジレンマで悩んだ日々が懐かしいです。自由に生きているようで実は、次から次へと息つく暇もなく降りて来る仕事をただがむしゃらにこなしていくだけ・・・

当時は学校の外から見た自分を客観視する~なんてこと自体考えたこともなかったですね。学校にずっといたなら、こんな穏やかな日々もきっとなかったと思うのです。自分に余裕がある~ということは他人にも優しくなれるのかもしれませんね。「余裕」というのは漠然とした言葉ですが、あえてハッキリ言うのであれば「こころの余裕」「時間の余裕」「金銭的余裕」「人間関係の余裕」などでしょうか・・・

学校時代はお金を使う時間さえない状態でした。旅行にも行けず買い物にかける時間も惜しい・・・挙句の果ては無意味なモノの爆買い、クルマの衝動買いの連発でした。

人生の選択肢が増え、自由度が格段に上がった

これがいちばん私の場合大きいです。教師の働き方改革が叫ばれて久しいですが、現場の労働環境が急に好転するとは到底思えません。学校、社会、子どもたちを思い、まじめに誠実に職務に邁進する教師にとって現在の労働環境は本人も家族も不幸にするものです。

学校でなければ得られないしあわせもたくさんあることは認めますが、学校の外にだって「都」はあるかもしれないのです。もちろん、人によってでしょうが。教育公務員・私学教師、「先生」というブランド&プライドを脱ぎ捨てれば、水を得た魚のような生活が待っているかもしれないのです。もちろん最初は時間がかかることでしょうし、自分の看板で仕事ができる人という限定でのはなしになりますが・・・

自由はいいですよ!朝起きて、何をするのも自由、仕事の組み立てをどのようにするのかも自由、行きたい店、場所にいつだって行きたいときにいける自由、好きな本を時間を気にせず好きなだけ読むことができる自由・・・気のおもむくまま何でも自由です。

何にも私を縛るものはないのです。誰に命令されることもありません。しかし、その自由と引き換えに野良犬は自分のごはんは我がで取ってこないといけないのです。つまり、野垂れ死にの危険と隣り合わせの自由ということです。

人生は一度切りです。私は常々、死ぬまでにいろいろな場所に行き、いろいろな人と出会いさまざまな体験をしたいと思っていました。その願望がいま、叶ったと言いたいところですが、いまは仕事に時間を割かれお預けの状態です。あとちょっとでセミリタイアし、残された時間でもっと自分を解放した生き方をしてみたいと思っているのです。

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健康を取り戻すことができた!

これも私のように自営で自活している者と、再び勤め人になるかによって異なりますが、私の場合自活できるようになってからは格段に健康度がアップしました。十二分な睡眠と運動に割く時間が増えたことが大きいと自分では分析しています。

そして、カラダのメンテナンスに時間とお金と労力を割けるようになったのも大きいです。みなさん知っていますか?定年退職後の余命が少ない職種の上位に決まって挙げられるのが教師だってこと。そうなのです。実際私の同僚、先輩でも在職中に病死、退職後2~3年で亡くなってしまう例をたくさん見てきました。いま現場で、学校に身も子心も捧げている教師の鑑(かがみ)のようなみなさんは特に危ないです。キケンです!

そしてこれはおまけですが、うれしいことです。ごはんを楽しめるような余裕もできたことも健康度アップに貢献していると思います。学校時代、忙しさにかまけて昼抜きも珍しくなく、摂っても数分でかきこまなければならない厳しい状況ではごはんを楽しむ余裕なんてあるはずありません。

私は健康を損ねてはじめて健康であることの有難さを知りました。重篤な病気になってしまってからではすべて遅いのです。カラダを壊し、退職することになっても家族以外誰も心配もしてくれないし、面倒も見てくれやしません。

家族との大切な時間を取り戻すことができた!

私が家族との関係が昔からあまりよくいっていないことは、再三「父親とうまくいかない息子・娘でいいのか?父親が嫌いで尊敬できなくともよいのか?~親子関係は許し許され~」などで話してきました。

学校時代はほとんど家族と話す時間もなかった私でしたが、家族との時間が増えるにつれそのわだかまり、誤解、不信感のようなものが少しづつ無くなっていくのを感じています。とても不思議な気持ちです。おそらくずっと学校に勤めていたなら、こうした穏やかな気持ちは一生訪れなかったと思います。ただ単に私が年を取り大人になった~という問題だけではないような気がするのです。

学校をいいワケにして、これまでまともに家族親子関係の改善に向き合ってこなかったから、私の場合こじれてしまったのかもしれません。家族であっても、一生のうち一緒に過ごす時間はほんのわずか、限られているものです。いま、家族関係で悩んでいる方がいたら聞いてください。家族とまともに話ができるのは、お互い生きているあいだだけですよ。いまがそのかけがえのない時なのです。

孝行したいときに親はなし・・・と昔の人はよくいったものです。

ワクワクドキドキ躍動感!!

いまこうして話している間も、世界では70億以上もの人たちがそれぞれ生きています。ということは70億とおりのしあわせのカタチ、生き方、生きがい、価値観というものがあることでしょう。

学校の枠内で日々生活し考えていると、ついそこがすべて、学校以上に価値のある場所はない~という考えに実は陥りがちなのかもしれません。人によっては実際その通りなのでしょうが、学校の外にも価値のあるもの、人生を賭けるにふさわしい場所はあるかもしれないのです。

せっかく奇跡ともいえるタイミング・偶然が重なってこの地球上のニッポンという国に生まれてきたのだから、さまざまなものに出会って感じて、自分がいちばんイキイキできるようなことをしてみたい!と思いませんか?

いま、私たちが見て感じている世界なんて、全世界から見たらほんのちっぽけな一部分のような気がするのです。私は10数年以上学校というステージで突っ走ってきましたが、別の世界も見ることができてしあわせだと思います。

実際ここまで来るのに人には言えないような辛酸を舐めつくしましたが、自分で自分の人生を切り開いてきたという何とも言えないこの満足感は、ずっと学校にいては決して味わうことができなかったものでしょう。自分の裁量・器量で仕事をつくり、自分の成長を感じることができるこのダイナミズムはなんともワクワクします!

そして、行き先、行く末が未だ分からないこのドキドキ感もまたなんとも言えません。作物には耕作者、飼い犬には飼い主が必ずおりますが、雑草&野良犬には庇護してくれる人など誰もいやしないのです。あれもこれも~と与えてくれる人がいないのなら、自らに降りかかる火の粉はわがで振り払い、自分の今日のご飯は我がで取ってこなくてはなりません。

しかし、雑草魂ではありませんが、「雑」や「ノラ」なり&ならではの誇りと密かな楽しみもまたあるのです。自らのチカラを頼みとして生き残っていけばいいだけの話なので、「主」に取り入ったり自分以外のモノに煩わされることはないのです。自分がメインとなって自分を動かし、仕事を獲得していくのですから・・・

そして、飼いならされたサラリーマンには絶対味わえないような自由が、枠からはみ出した人間にはあります。教師の人格は独立したものとして当然尊重されるべきものでありますが、目的を持った集団・チームで仕事を推し進めていく中で必ず個を押し殺し、自分を抑えなければならない卑屈さを味わうことでしょう。それは組織に属する限り致し方ないことです。

しかし、組織人であることをやめれば自分の才覚で未来を切り開き、自分の意思とほんとうのチカラを惜しみなく発揮することができるのです。現代はすべての成長スピードが著しいまさしく変革の時、個人の才覚ひとつで自分らしく生きることも可能な時代なのです。

念を押しておきますがだからと言って、むやみに教師を辞めろと言っているわけではありません。繰り返しになりますが、あくまでも相応の事情のある方、もしくは自分と自分の将来に確信が持てる人限定のはなしです。

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独立開業だけが第二の人生じゃない~人生いろいろ仕事もいろいろ~

教師を辞めた後の行く先は独立だけのような話になってしまいましたが、これは紆余曲折を経て現在は自活している私の場合であって、もちろん再び勤め人になる人だっているわけです。辞めた後、無職、民間就職、独立自営、アルバイト非正規等、家事手伝い・・・ほんとうに人それぞれです。しかし、人はそれでも生きていかなければなりません。

20~30代の若い方の転職であるならば、まだ方向転換も容易くやり直しがきき、比較的ダメージも少ないでしょう。しかし、ある程度年齢を重ねてからの教師の転職は結構たいへんです。よほど能力・実力のある人は別として、まず間違いなく最初はすべてにおいてダウンします。

給与、待遇その他すべてにおいて・・・こんな感じなので気持ちまでダウンです。しかし、そんなの分かってるよ、それでもいいんだ~という人なら全然問題ないでしょう。むしろ一番やっかいなのはプライドかもしれません。「本当は自分はこんなことやる人間ではないんだけどなあ」なんて思っちゃう人はまずやめておいたほうがいいです。新しい職場でなんて、「元教員?あ、そう」くらいにしか周りのみんなは思ってませんから・・・

私の在職時代にも学校から外の世界に飛び立っていった人たちがそれなりにおりました。非正規ではなく、みな教諭という立場でありながら学校に見切りをつけたのでした。いまはそれぞれの空の下、生きていることでしょう。再び大学院に入り今は准教授、フリーター、家事手伝い、農業、自称物書き・・・と、ほんとうに人生いろいろ仕事もいろいろですね。

第2の職場での待遇ダウンも、プライドも問題なし、「とにかく一刻も早く僕は辞めたいんだ!」~という人はそれなりの理由と覚悟があることでしょうから、第二の仕事人生もきっとうまく切り開いていくのでしょう。でも、もしかしたら一つだけ、頭では分かってはいてもどうにもならない感情に悩まされることになるかもしれません。

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それはやはり、学校、子どもたちに対する「未練」というものです。これがいちばんやっかいでどうしようもないものなのです。もちろん人それぞれなのでしょうが、私の経験から言うと、辞めてから時間が経てば経つほどこの気持ちは強くなっていくのです。辞めた当初、正直こんな気持ちが湧き上がってくるなんて想像もしていませんでした。改めて自分は学校が好きだったんだな~と思うのです。

私の話を聴いているみなさんは、きっとこれまでもあれこれ真剣に悩まれてきたことと思います。でも辞める?続ける?の決断をいつかは下さなければなりません。いつも中途半端な気持ちで教壇に立ち続けることはできないからです。そしてその大切な決断をするのは自分しかいないのです。

そしていったん下したその「断」に、最後まで責任も持たなくてはなりません。辞めてからずっと思うようにいかず、その責任のすべてを学校やまわりの人たち、或いはあるできごとに転嫁し、いつまでもジメジメイジイジしていることほど情けなくみっともないことはありません。

辞めたあの日に戻ることは決してできないけれど、辞めて失ったもの以上の「何か」を残りの時間すべてかけて勝ち得たい~と少なくとも私は日々思って生きています。

得るものあれば失うものあり

失うものあれば得るものもあり

この本を読めばあの本は読めないのだ

本当に人生いろいろですね。いろいろあるから面白いのですが、人生は短く一度きりです。みなさんも色々迷いはあるかと思いますが、どっちに転んでもそこがみなさんのこれからのステージです。どちらに進んでもこの問い、問題に正解、失敗はないと私は思います。どうか身体だけは大切にしてください。健康な身体はすべての基本でタカラなのですから。






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