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あなたの話し方を変える12の視点!教師の話はなぜ長くつまらないのか? 

退屈な教師の話。いつ終るのかも分からず、とてつもなく苦痛な時間が延々と続く。脱け出したくとも逃げられない・・・ スピーチは「話し手」と「聞き手」があってはじめて成り立つものです。

聞き手からしたら拷問に近いのに、話している当の本人はこんな風に思われているなんて露ほど思ってもいないのでしょうね。どうしていつも、この二者間にはギャップがつきまとってしまのでしょうか?

少しでもこのギャップを埋めて、単なる「おしゃべり」から脱け出し、ほんものの「スピーチ」をめざすためにはどうしたらよいのでしょうか?!








自分からみた自分と相手に映る自分のギャップ
これをどう埋めていくか! それが大事!

教師になりたてのホヤホヤの頃、教師としての自分を見つめ直したくて、いろいろなアンケートをクラス、教科担任クラスで実施しました。授業内容から理解度、話し方からいろいろな角度から自由に書かせたのでした。

気軽に始めたアンケートではありましたが、回収して真っ青!よくもまあ遠慮もなしにズケズケと書いてくれたもんだ~と当時は思いましたよ。しかし、今思うと実にありがたく、自分を客観的に見ることができたいい機会でありました。なんと、スピーチ、話し方に関してが特にひどかったのです。

何がいけなかったのか、覚えている限りを挙げてみましょう。

①長い

②何が言いたいのか分からない

③何で今、この時間にこの話?

④自己満足

⑤どうでもいい

⑥一本調子

⑦一方的

⑧早い

⑨いっぺんにいくつもいくつも話されたってわからない

⑩何度も同じ話は勘弁してほしい

思いつくまま十個ほど挙げてみましたが、キリがありませんのでここらで止めておきますが、いかに私の話が独りよがりであったのかが良くわかったのです。

なかには好意的な意見もあったのですが、半分くらいは「長くつまらない」だったのです。へこたれないのが私の唯一といってもいいイイトコロなので、ない知恵を絞って数日間考えに考えました。そしてそれでも分からないところは、実際にアンケート(記名、無記名どちらでもいいとしました)生徒への聞き取り調査敢行です。

そこで得られたものもまた大きいものでした。

「熱意はじゅうぶんわかるけど、空回りって感じに私には思えた」

この女子生徒の短いフレーズがすべてを物語っていたのでした。

実はこれまでの私は、自分が話したことはすべて額面どうり、生徒に伝わっているものと思っていたのです。しかし、よく考えてみればそんなはずはないですよね。どんな経験豊富で巧(たく)みなスピーカーでも、相手にこちらの真意を100パーセント理解してもらえることなんてありえないのです。

少しでも、話し手と聞き手の間にある「ギャップ」を埋めようと努力するのがプロの話し手なのではないでしょうか?

私は「聞き手」の都合のことなどに目もくれず、ただただ突っ走っていたのでした。自分の話したいことだけを、成り行き任せに延々とやられては生徒はたまったものではないですよね。自己満足の極致みたいなものでした。

不思議なことに教員養成の課程で、この「話し方」に関する内容は一切含まれていないのです。

つまり、実戦形式で現場で鍛えられていくしかないのですね。となると、教員本人の気持ちの持ちようで、ただ単に「慣れていってしまった」人と、絶えず「鍛えていく」人とにおのずから分かれていくのです。

教師であるからといってすべての教師の話し方がうまいわけではありません。教師は人前で話す機会がとても多い職業の一つですが、とにかく話の分かりずらい、要領を得ないはなしをする人がいても誰も指導してくれたり、咎めたりはしません。結局、教師が自らを振り返り、こころと技を磨いていくしかないのです。


 話が長い、空回りということはどういうことか?
結局は教師の独りよがり、自己満足にすぎない

彼女の話から重要な気付きを得られた私は、2つのキーワードに注目しました。

長 い→要領を得ない

空回り→伝わっていない

この2つの重大な欠陥から私は次のような事実を導き出しました。

相手の立場、状況を考えていない

準備のないまま思い付きで話している→おのずから理路整然とした理解しやすい話にはならない

あまりにも欲張りすぎ(あれもこれもと詰め込み過ぎて、生徒は消化不良→不満)

簡潔、明瞭でない

これらを含めたさまざまな要因がからみあって、長く要領を得ない話は、空回りとなり生徒の頭にも何も残らず、ハートにも響くものではなかったのでした。

それでは、いったいどうすればよいのでしょうか?

何を変えていくのか?それが大事!
変えていかなければならないものと変えてはいけないもの

そこで私は「反省改善点」をまとめ、それに基づき毎回毎回、話す内容シナリオを書き、トライ&エラーを繰り返していったのです。そして時を見計らって再度アンケートをとり、自分のスピーチを見つめ直すことを目指しました。

もちろん、即興で話さなくてならないシーンも当然ありましたが、その時も絶えず「聞き手」のことを考えて話すことを心がけました。

また、自分の授業、スピーチをビデオ、ボイスレコーダーに撮(録)って研究、反省を重ね、さらにはテレビ、ラジオ等のプロの話し手の話しかた、技術を研究したりもしました。つくづく「話す」ことは奥が深いものだと感じました。

間の取り方、話し方の抑揚、声の強弱、スピード調整、話題の展開と転換、ボディランゲージ、話すものと聞くものの位置関係・・・実にさまざまなことを学べました。

初任であり、比較的時間が取れるまたとない一年間であったためできたことですが、あのとき自分を省みたことは本当に良かったと思います。もし、あのまま後ろを振り返らずにそのまま行ってたらと思うとゾーッとします。

研究と実践を繰り返し、以降私が話す時に、いつも頭においていたのは次のような点です。

①決して思いつきでは話さない

②話す内容を吟味し、準備する

④おしゃべりとスピーチは別物と心得る

⑤スピーチで欲張るのは厳禁!

⑥一つのスピーチで伝えることは「ひとつ」!

⑦「伝えた」と「伝わった」はまったくの別物

⑧スピーチの成果はいつも「聞き手」が決める!

⑨聞き手の表情、雰囲気から相手の状況、反応を読み取る

⑩目と目の会話も大事!

⑪人を見て話す(対象は誰であるのか?それによって・・・)

⑫さらなる高みを目指すために検証を重ね、努力し続けていく勇気を持つ






これらのことはすべて、教師のこころがけ一つ、そして努力し続けていくことによって実行可能なものばかりです。しかし、変えてはいけないものがたった一つだけあるのです。それはいったい何だと思いますか?

変えてはいけないもの、それは「あなたらしさ」なのです。

自分のスピーチを改善すべく、いろいろ努力した挙句、自分の持ち味である「良さ」が失われてしまっては何もならないのです。なぜなら、スピーチには人間である「あなたオリジナル」な話し方、そう独自性が求められるものなのだからです。

もちろん分かりやすく聞きやすい話し方であっての前提がつきますが、聞き手は決して機械のような冷たいスピーチを望んでいるわけではないのです。やはり、その人ならではの独自性、人生経験に裏打ちされた人間味のある話し方、はなしがやっぱりききたいのです。

「決して上手な話し方ではないんだけど、あの人の話してるの聞くとなんだかいいんだよなぁ~なんかあったかくなってくる感じで・・・」このような人ってみなさんのまわりにもいませんか?どのようなスピーチにも必ず「その人らしさ、ならでは」の味が出るものなのですね。

⑬こころを込めて自分のことばで話す!




教師の話は、いつもなぜ長いのか?

教師であるあなたですが、ここらでちょっと立ち止まって児童生徒の立場になってみましょう。

どのようなスピーチであったらぜひぜひ聞きたくて、どんな話ならゼッタイ聞きたくありませんか?こればかりはそれぞれオリジナルであるとは思いますが、やはり共通するものはあるのです。ためしに私の場合はこのような感じです。

このようなはなしなら聞きたい!!

分かりやすく、何がテーマ、伝えたいのかがハッキリしているはなし

このスピーチのためにじゅうぶん準備してくれたんだろうな~といった話者の熱意が伝わるもの

一方通行ではなく、聞き手との交流があるはなし

スピーチの流れの中にも抑揚、強弱、ドッキリなど話者の巧みな隠し味が仕込んである内容

聞き終わった後、ぽかぽかとなんだか心があったかくなった、何かしら心に残ったりためになった、元気をくれたりととにかくハートに響くはなし

これまでの自分の考え方の再考を迫る内容だったり、自分を見つめなおすきっかけを与えてくれるようなディープなはなし

思いつくままですが、おそらくみなさんもこのような感じなのではないでしょうか?

そうなのです、やっぱり話者から聞き手へ「伝わった」ということ、事実が大事なのです。

そして次のような話であったら私は聞きたくありません。

こんな話は聞きたくない!

蚊の鳴くような声でぼそぼそ、一本調子、単調で一方通行

あくまでも自分のペース、都合で話し、聞き手のことなんてどうでもいいって感じのはなし

上から目線の説教スタイル、高圧的で聞き手にプレッシャーを与えるスタイルのスピーチ

当たり前のこと、どこにでも転がっているような何の変哲ない面白くもなんともない話

妙に長く、結局何を言いたいのか分からない行き当たりばったりのテキトースピーチ

自慢話、自分が自分がばっかりの「あ、そう、それで、だから・・・」になってしまうイタイスピーチ

同じことの繰り返しばっかりのスピーチ

聞き終わった後、こころにも記憶にも何も残らないスピーチ

人のうわさ話や悪口など、他を傷つけるような悪意のあるスピーチ

聞き手に媚びるようであったり、やけにへりくだったりと、実に後味の悪いスピーチ

このようなスピーチをしてしまう実にイタイ人は結局自分のことしか考えていなくて、聞き手のことなんてどうでもよいのかもしれません。

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一方、うまいスゴい話し手というのは、実は単に話術やスキルに長けているだけではなく、これでもか!というほど聞き手の身になって話せる人なのだと気付いたのです。そして何よりも準備、努力を怠らない人であるということにも気付かされました。

教師は往々にして「自分が主人公になっていたい、目立ちたい、注目されたい」~と「自分が自分が」とこれでもか!というくらい自分を前面に出す人が多い人種かもしれません。昔の私も含めて、これは教師の独りよがり以外の何物でもありません。悪気は無くとも。

悪気は無いからといって、こういった教師の独善スピーチが許されていいはずはありません。実害を被るのはいつも生徒です。

「この話の落としどころはココなんだ!」

「この話は、生徒にどう影響を与え、どうとらえられるかな?」

教師であり続けるのであれば、こういったことを考えて話すべきであると考えます。

話した、言った、喋った教員サイドは自分の話したことなんて余程のことでない限り、明日になればスグ忘れてしまうものなのかもしれませんが、聞き手の子どもたちは結構覚えているものなのですよね。私もいまだにクラス会に呼ばれることがありますが、そのクラス会で私なんかがすっかり忘れてしまっているSHRでの小話なんかを細部まで再現してみせたりしてビックリさせられるのです。

ことばの持つパワー、破壊力、重みに教師はもっともっと敏感にならなければならないと思います。ことばというものは、時に人を傷つけ、時には人を励まし、力を与えてくれるものなのだから。私はそう思います。

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