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公立 or 私立 ? 高校教師「なるならどっち?」違いと特性からの選択②~もう一つの視点~

投稿日:2018年2月10日 更新日:

前回、教員採用試験を控えた「未来の先生」へのメッセージとして、「公立vs私立高校教師「なるならどっちだ?」違いと特性からの選択」の中で、その選択のポイントを私立学校の特性から切り込んで話しました。

いちばんはじめに奉職する学校は、よくも悪くも強烈な印象として残り、あなたの教師人生においてとても大きな意味を持つことになるでしょう。そうなのです。いまならまだ間に合うのです。もう一度、じっくり自分のこれまでの人生を振り返って、これから始まるあなたのストーリーについて考えてみませんか?どちらを選んでも「学校」は「学校」ですが、入職する学校によって何もかもとまでは言いませんが、かなり異なることは間違いありません。できればまわり道しないで、自分が自分らしく思いっきり生きられる学校に勤めたいですよね。

そんなあなたに、大事なことを話すのを忘れておりましたので、前回とはちょっと違った視点からアプローチしてみたいと思います。今回は、私立学校入職を考えている未来の先生に特に聞いてもらいたいと思います。

人間関係固定化の恐怖!

私立学校の場合、系列、小中高間での異動等一部の例外を除いて、ほぼ人事異動は固定されます。校内で年度初めに、公務分掌、職責の入れ代わりがあるのみです。毎年着任するのは、非正規、退職者(中途、定年)の補充要員などに限られます。

この人員の固定化は、人間関係の固定化へと当然つながっていきます。人間関係がこじれた時に逃げ場がなくなるだけではなく、一度出来上がってしまった「人間関係の序列化」はそう簡単には覆すことなどできやしない~ということをも意味するするのです。当たり前と言えば「あたりまえ」ですが、これって怖くないですか?だって再チャレンジが困難で、心機一転、気持ちの切り替えができないんですもの。人間関係固定化は、心の切り替えを困難にするだけでなく、教師にとっていちばん大切であるはずの経験の幅をも狭くすると思いませんか?

簡単に言いますと、バリエーションに飛んだ雑多な同僚、管理職を含めた教職員、児童生徒および父兄と出会うチャンスをみすみす捨てる~ということなのです。公立高校であれば、規模だけとってみても、一学年十クラスを超える大規模校から、一学年二~三クラスの小規模校、さらに自治体によっては僻地分校まで経験できます。さらに、ハイパー進学校から教育困難校、職業高校、総合学科などさまざまな学校を生涯にわたり経験できるのです。

思い入れのある学校であったなら、異動MAX年限まで居座り、いったん外に異動した後、再び舞い戻ってくる~なんて芸当が普通にできるのです。

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人間みんな、さまざま~学校もいろんな人間がいて許されるべき~

人間、誰だってしくじったり落ち込む時があるでしょう。別にしくじり先生じゃなくても、気持ち、環境も人間関係も何もかもリセットしたいときがあるのではないでしょうか?繰り返しになりますが、実に多彩な生徒、教職員、父兄と出会っていくことができる~という視点から見た時、公立学校は実に魅力的です。

教師もまた、成長し続けていかなければならない存在だと認識する時、決まったハコの中で、固定化され、閉ざされた人間関係の中で一生生きることは、自分の可能性をも狭めることにならないでしょうか?私の場合、さまざまな人との触れ合いの中、あらためて自分をも見つめなおすことができたことは非常に有益でした。

毎年、良くも悪くも似通った傾向の生徒が入学してくるであろう私立学校。公立学校の場合、学力だけとってみても実に幅があり、それこそ雑多、さまざまな児童生徒と出会っていくことでしょう。やはり、教師もまたいろいろな人間と出会っていく中で、多様な経験を積むべきだと私は思います。自己の宗教の関係、特殊な教科、特技で私立学校しか考えられない、選択肢がない~という場合を除いて、ぜひ公立学校も受験の視野に入れてもらいたいと思うのです。

私の公立高校勤務年数は12年でしたが、いわゆる教育困難校がほとんどでした。教科が高校商業で女子の割合がかなり多く、女子だけに限っても実に多彩な生徒がおりましたが、公立退職後の私立女子校では、突き抜けた面白い生徒にはなかなか巡り合えませんでした。学校、生徒をステレオタイプに言い切ることはもちろんできませんが、あえて悪く言えば平均的、従順、よく言えば誠実、真面目、律儀といったところでしょうか?公立時代に経験した、人間と人間がこころをさらけ出してぶつかりあうようなことはありませんでした。

教師が授業クラスに到着するまでの間、クラス全員無言で起立して待ち構え、終了チャイムで一同「礼」の後、教師退室までこれまた全員無言起立のまま見送る~一見いかにも女子校らしい、礼節を踏まえた指導の賜物なのでしょうが、入職当初はギョッとしたものでした。「カタチ」から入るものも当然あるのでしょうが、最後まで不自然で、これに関してだけはとうとうなじめませんでした。やはり、礼節というものは心が籠ってナンボのものでしょう。カタチで型にはめるのはどうも苦手です。

それが、公立の場合がらっと様子が変わりますよね。終了チャイム→起立→礼~で待ってました!とばかり一斉に散らばっていくヤンチャなお嬢やボンたちなのですもの。いま時、高校生ともなればいくら教師が言ったからといって、鵜呑みにして素直に言うことを聞く~なんて生徒は稀です。特に男子生徒の場合、「力関係」「上下関係」で相手を見計らい、つぶさに相手を観察し、さまざまなやり取り触れ合いがあった後、「信頼置ける」「自分の味方だ」「自分のことを考えてくれる人だ」「かなわない」~などの判断を勝ち得ない限り、言うことなどまるで聞きません。

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校風は受け継がれていくもの

校風といった視点から見た場合、はっきりと色濃く独自色を打ち出しているのが私立です。打ち出していかなければ生き残れないという懐事情もありますが、創立者の想いが受け継がれている側面も見逃せません。私の大学時代の友人で新卒で私立女子校に奉職したものがおりましたが、やはり校風、独自の指導方針についていけず五年で公立に転職してしまったのでした。校風が自分の肌に合わないということ以上に、私立特有の理事が出入りする人間関係、学校長に近いものが重用されることへの苛立ちなどもあったようです。このような環境では一度、上に疎まれるようになってしまったら大変なことは想像に難くありません。もちろん、固定化された環境の中での孤軍奮闘はむなしいものとなることは火を見るより明らかです。彼も彼なりに変えよう!と頑張ったらしいのです。

真逆に、校風、指導方針が自分的にど真ん中ストレート、そして人間関係もバッチリ~というのであれば天国でしょう。それでも、やはり教師であるならばあえて逆風に立ち向かってほしいと私は思います。一番怖いのは、自分の成長を止めてしまうこと。それは「慣れ合い」の環境の中、今の自分に満足してしまうことが原因なのではないでしょうか?ある意味、現場の教員は自分に酔っている人がほとんどです。誰も他人が批判も進言もしてくれない環境下におかれれば、それも仕方のないことかもしれません。でも、それではダメなのです。

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私立は入職する学校によって教師人生が決定されてしまう!

私立学校と一口に言っても、ご存知のように実に多彩な学校があります。学力一つだけとってみても、ハイパー進学校から地方のヤンチャな生徒の受け皿になっている教育困難校まで存在、幅がありすぎです。その他、職業科、専門課程などさまざまなコースが用意されている高校などでは複数教科の免許所持者が優遇される傾向があります。また、小中高と系列同士での異動がある学校法人では当然またがる校種の免許所持者が歓迎されます。

このように学校の数だけでなく、何から何まで異なる学校だらけなのですから、入職する前に公立受験以上にシビアな判断が求められるのです。公立であれば初任地は選べず、二校目以降で異動希望が出せ、すべて希望通りとまではいきませんがさまざまな学校を経験できます。しかし、私立の場合、いったん入職したところがすべてです。慎重にならざるを得ないのです。

つまり、自分は「何で(どの領域で主に)生きていくのか?」これを決めなければいけないのです。ある意味、これは新卒学生にとっては残酷です。かなり厳しいです。未だ教職の経験もない中、自分の一生を決定づける学校を選ばなければならないのですから・・・

教科指導、生徒生活指導、部活動指導、その他諸々・・・教師であれば生徒にかかわることすべてに当然かかわっていきますが、学校によって求められる「ウェイト」がまったく異なるのです。一般常識ままならない教師志望者が超進学校では時間講師でさえまともに務まらないことでしょう。(教採に受かるとは思えませんが・・・)また、学究肌で教科指導に生きたい志望者が、その仕事のほとんどを生徒指導に費やされる教育困難校を志しては、あまりにも方向違いのような気がします。

そうなのです。私立を志すと決めた日から、自分の方向性を考えていかなければならないのです。

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一生安泰、安穏とはいかない私学教師

ご存知のように公立学校の教師のその身分は、法律でしっかりとガードされています。評価制度がやっと導入されてきたとは言え、法律に触れるようなよほどのことを仕出かさない限り、一生は一応安泰です。しかし、私学教員の場合、その限りではありません。入職時の契約にもよりますが、極端なはなし、学校自体の経済事情、その他諸々の諸事情でいつ何時、その身分を失うことを覚悟しておかなければならないのです。前にも話しましたが、給与だけを見てみてもピンキリで、「キリ」のほうは目を疑いたくなるような低待遇のところが実際存在するのです。

学校の事情で首を切られるのは理不尽ですが、本人理由で職を失うこともあるのですから穏やかではありません。私学の場合特に、教員一人ひとりが「学校の広告塔」なのです。広告塔であるならば、安穏とただいるだけではだめなのです。自分たちにとって何ら益をもたらさない教員はその存在価値自体を疑われます。

益をもたらさないばかりか、生徒指導ができない、生徒対応に不満を抱かせる、授業内容にクレームがつく~こういった悪い意味での「広告塔」になってしまった場合、当然居づらくなるばかりでなく、激しくその責を追及され反省が求めれることでしょう。公立以上に評価、評判を気にするのが私学です。いわば人気商売の私学、当然といえば当然です。

そして、公立学校よりも、入れ代わりが激しいという厳然たる事実がすべてを物語っています。身分と将来を保証されている公立を辞めた私は馬鹿者かもしれませんが、いま、まだ選択の余地のあるみなさんは、ぜひ熟慮に熟慮を重ねて後悔のないようがんばってください。自分の一生のことなのですから。

公立と私立、この似て非なるもの。それぞれに良さと大変さ難しさを兼ね備えています。どちらに進んだとしても、どっちに転んでもあなたを待っている児童生徒、仲間がいます!

 

 

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