教師を志す人へ 教育・教師 相談ケース

教師に向いていない人とは?「辞めたい!」と後悔しないよう・・






教員教師の誰もが、かつては教壇に立つ自分を夢見る学生だったことでしょう。今回受けた相談は教育学部の女子学生から・・・「教師一家という家庭環境だけで進学先を選んでしまったことにいまさら後悔しています。先日、教育実習に行き、あらためて自分が教師に向いていないということが分かりました~」

「向いている」「向いていない」確かにどのような職業にも「適性」というものはあります。

しかし、それはまわりが判断するものであって、自分で「向き不向き」などまだ実際になってもいないのに完全な判断など下せるものなのでしょうか?そんなことに惑わされるよりも、大事なのは、自分が本当にこの仕事が「好きか嫌いか」「一生の仕事にしたい!」「やってみたい!」「なってみたい!」という直観的なものではないでしょうか?

教師として成長すべく努力を続けていく中で、自分が「向いている!」と実感できるようになれば、自ずからまわりの「評価」もきっと変わってくることでしょう。でもですね、明らかに最初から「この人はおおよそ教師向きではない、なったら危険だ!」という人はいると思うのです。

本人もたいへんですが、何よりも現場が混乱し、児童生徒、家庭がかわいそうなのです。そのような悲劇を生まないためにも自分を見つめ直すことは大切です。

教職への適性をはかる判断材料のひとつとして「教育実習」はとても重要で、一応の目安にはなるでしょう。でも、そんなわずかな期間だけで判断できてしまうほど教職は底の浅い仕事では決してありません。

※「教育実習で「適性」「やりがい」はわかるか?~元教師が語る「私が、夢だった高校教員にならなかった理由」への反論と納得~

まずは、自分をみつめ、自己と対話して・・・
すべてはそれから

なぜ、あなたは「教師」になりたい!と思ったのでしょうか?
その思いは、ぜったい絶対、何がなんでも「教師」でなくてはいけないという強烈な思いでしょうか?まず、このことを考えることが今、あなたがしなくてはいけないことの出発点になります。

実際、教師を十年以上勤めてはきましたが、私自身、いまでも自分で教師向きだったとは思っていませんし、当然完璧、オールマイティーな人間なんかではありません。しかし、少なくとも学校、こども、そしてこの仕事が本当に好きでした。この気持ちに嘘偽りはありません。

教育実習の時も、まわりのみんなが偉く見え、自分が何にもできないちっぽけな存在に思えましたが、「こういう仕事をやってみたい!」「もっともっと、学校のことが知りたい!」「もっともっと学習してできるようになりたい!」と強く思えたのでした。

こういった気持ちは、理屈とか理由などで説明できるようなものではなく、感覚的なものだと思うのです。はじめの能力、経験値が低いのは仕方ありません。それからどう歩んでいくのか、これがすべてではないでしょうか?

自分が分からないかわいそうな人にならないで・・・

相談の学生さんのように、自分を直観視するあまり、みずからの欠点、悪いとこと、足りないところばかりが気になる人は逆に、これからがある意味、期待できます。自分を振り返ることのできる余裕があるからです。

土台、すべての学校のすべての教職員がオールマイティーであったら教職員も児童生徒も息が詰まって、みんなすぐ酸欠状態になってしまうでしょうね。教師もまた必死に努力して成長していく~そんな大人がこどもの見本となり、こどもの心をつかむものなのではないでしょうか?

しかし、いま問題にしているのはこういう人たちではなく、自分が向きではないどころか、明らかにまわりにダメージを与え迷惑な存在になっているのに、自分を正視することなく惰性で教職にしがみついている人たちです。

なって「しまって」からでは遅いのです。今回は明らかに向いていない(と思われる)、ちょっと違うのではないのか~という人たち傾向についてみていきたいと思います。

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自分を常に振り返ることのできる人間でありたい

①学校、こどもが好きではない人

少なくとも、こどもが好きなことは大前提です。逆にこの気持ちさえあればあとは何とかなるのではないでしょうか?ただし、こういった意味で好きは大問題です。

※「本当に教師に向いてない人とは?③一番なってはいけない人たち!~特殊性癖者~

②勉強することだけが好きな人

教師も自己成長のために自分を磨きますが、あくまでもそれは学校、こどものためがメインです。「教えること」「伝えること」が好きでない人もまったく向いてません。自己成長とともに、子どもたちの成長もまた喜ぶことのできる、そしてそのための努力を惜しまない人であれば申し分ないですね。

③自分だけが好き、一番で、人間が嫌いな人

学校は、こどもだけとの付き合いの場所ではありません。教職はチームワークでもあり、家庭・地域・他の学校等さまざまな付き合いも当然あります。

④他人の意見、批判に耳を傾ける余裕のない人

自己への批判は自分を振り返るいい機会ではありませんか。実際教職に就くとこういったチャンスはいくらでもあります。その時に前向きにとらえることができるか否かに、その教師の成長がかかっているのです。

⑤国公立私立問わず、教員という身分と待遇だけが目当ての人

迷惑です。勘弁してください。

⑥努力し「続ける」ことができない人、向上心のない人

これでは教員になることが最終目標・目的なのでしょう。現場では御荷物になること必至です。

⑦権利ばかりを主張する人

権利を持ちだす前に、最低の義務を果たしてもらいたいものです。

⑧粘着質、ネバネバタイプの人

茨城県のご当地キャラ「ネバールくん」はかわいくてなごめますが、こういったタイプはまったく向きではありません。これは断言できます。学校は日々いろんなことがありすぎるくらいあります。いちいち自分で気に病んだり、児童生徒に対して終わったことを根に持つようなタイプはこどもがかわいそうです。

自分で反省すべきところは次に活かし、こどものやってしまったことをきちっと指導した後は、サラッと流せる感じのおおらかな人でありたいものです。

⑨児童生徒に指導しようとしない人、できない人

はじめは、誰でもできません。拙いものです。しかし、こどものためを思えばこそ、しなくてはいけない時もあるのです。経験のあるなし関わらず、こういった子どもを叱る(怒るとは違います)ことができない、指導できない教員も増えています。ダメなものはダメなのです。こういった人は特になってはダメなのです。

⑩協力できない人

独りよがり、非協力的なことだけを言っているのではありません。自分だけで問題を抱え込んで欲しくない~ということなのです。

土台、教師ひとりの力でできることなんてたかが知れています。みんなが智恵を持ちあって、助け合って解決できる問題もあるはずです。うつになったり、自殺してしまったりと哀しい末路を辿る教師は誰にも相談できずひとりで何でも抱えこんでしまう人が多いのです。

※「なぜ教師は自分の悩みを相談するのが苦手なのか?教師の同僚性①~もっと自己解放を!~ 

⑪悪口、陰口、噂話が大好きな人

私なら同僚になるのもごめんですし、友だちにもあまりなりたくありません。

※「なぜ、生徒の悪口を言ってしまうのか?生徒と教師の関係を今こそ見直そう! 」

⑫ルーズな人

性格的なものもあるのでしょうが、生徒を指導する、導く立場の人間としてまったく向いてません。すべてにおいてです。時間、お金、異性関係、言動、服装・・・

⑬自分の意見が言えない人

スピーチのテクニカルな面を言っているのではありません。教師として、児童生徒を守るため自己の主張をハッキリ、キチンと伝えなくてはいけない時があります。こういう人が担任であったなら、こどもがかわいそうです。

※「職員会議で自分の意見を言わない(言えない)教員はなぜダメなのか?職員会議の位置づけ~

⑭ひとつひとつの出来事、一人一人のこどもに一喜一憂し、こだわり続け、落ち込み絶えず悲観的な考えの人

教師は全体の奉仕者です。バランス感覚も重要な能力のひとつです。

⑮いやなことからすぐ逃げるタイプ

学校は楽しいことだらけのバラ色学園ではありません。
むしろ、苦痛な事がたくさんあるはずです。いつも逃げてばかりでは、永遠に逃げてもらうことになってしまいます。

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⑯こどもの家庭とのつきあいができない人

最近ではこどもとは良好な関係が築けるのに、家庭とはうまくいかない・・・と悩む教師が多いようです。
これは、③とも共通しますが、こどもの教育は学校単体で当然完結するものではなく、家庭、地域、学校がともに手を携えおこなっていく「共育」のはずです。

⑰最低限の常識、マナーがなく、ルールを守れない人

いちばんやっかいです。教員である前に「社会人」という「大人」であるはずです。
特に迷惑なのが教職員でありながら、平然と学校の「ルール」に反することを行うことです。守秘義務を破ったり、全体で決めた生徒指導の統一見解をひとりはずしたり・・・とこれでは「御荷物」どころか「毒」になってしまいます。

⑱「共感力」のない人
私、個人としては生徒児童を平気で傷つけるこういった人には絶対、教員になってほしくないです。悪気があってもなくても、傷付くのはこどもですから同じことです。こどもに限らず、相手の気持ちをまずは考えられる大人で私もありたいです。
この項目については、とても大事な教師のチカラと私は思っていますので、「教師に向いていない人とは②~オトナになりきれない人たち~共感力を育む」で詳しく話しています。

最後になりますが、これはたいへんに言いづらいことです。明らかに社会人、教師としての基礎能力を欠いている人もまったくの不向きです。

最近の教員採用試験の低倍率化に伴い、こういった人たちの多くも現場に入職しているようです。現場はとにかく多忙を極めます。初任ですと初任者研修というものはありますが、ほぼ間違いなく、「一人前の仕事」を要求されます。「一人前の教員」として扱われるかどうかは微妙ですが・・・

いちいち手取り足取り誰も教えてはくれません。指導教諭は付きますが、彼らもまた忙しいです。

ある程度の能力に達してさえいれば、その後の本人の努力で何とでもなります。しかし、ここで言っている「明らかに」基礎能力に欠けた人のことにかまっているほど現場は暇ではないのです。
本人もかわいそうですが、現場はもっとかわいそうなのです。

迷惑かけて、かけられて・・・お互い様ですね!

だいぶ、長々といや~なことも話しました。しかし、こういった人たちも「難しい」教員採用試験をパスしてどんどん現場に送り込まれてくるのです。もちろん、一部なのでしょうが、たいへんなことです。

でも大丈夫! 普通の感覚と常識をもちあわせていて、努力することのできるあなたなら立派な教師となってくれることでしょう。教職にかける思いとこどもが好き!という気持ちがあれば何も心配することはありません。

学校もお互い様感覚でみんな助け合って成り立っているのですから・・・学校は一教師の個人プレーの部分ももちろんありますが、チームプレーで成り立っている部分も実はたくさんあるのです。

がんばっているあなたのことは誰かが絶対見ていますし放ってはおかないはずです。そしてあなたがいつか、はじめて人を導く立場になったときは、その時、恩返しをすればいいのです。

学校は教職員も児童生徒もいろ~んな人がいていいはずです。優等生タイプも挫折を繰り返してきた人もさまざま人がいて面白いですよ。

そして、結論まとめ!

「向き不向き」は自分ではなく、他人が判断するもの!

やって、なってはじめて分かることもある!

それでも「明らかに」適性がない人はいる!

こどもが好き!成長したい!この気持ちのみでOK!

そして努力を惜しまずに

学校はいろんな人がいていい場所!

やっぱり!教師になろう!
reason chage&aska










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